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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.28

巡礼20日目

レオン(Leon) ~サンマルティン・デル・カミーノ(San Martin del camino)

巡礼者は幸いである。

一歩戻って誰かを助けることの方が、わき目をふらずにただ前進することよりも、はるかに価値あることだということを見出すならば。

これは【巡礼者の垂訓】の一節なのだが、今日ほどそれを強く感じた日はない。ひょっとしたら、これから先の人生にだって、そう多くは訪れないのかもしれない。

■朝焼けの街を抜ける

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早朝、日が昇る前に巡礼者達は歩き出す。皆一様に黄色い矢印に導かれ、聖地を目指していく。石造りの建物に囲まれた長い長い通りの先から、燃えるような太陽が顔を出す。良い一日を暗示させるかのような、黄金に輝く朝日だった。

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かつての巡礼者を模したモニュメント。天を仰ぎ目を閉じる彼は何を想い旅をするのだろうか。

僕達は足早に過ぎてしまった都市。ガウディの建築や、パラドールと言ったところも含めて見所が多い。また改めてのんびり楽しめたら良いねと話しつつ、僕達は街を後にした。

■あれは何なんだ?

7kmほど歩き、丘の途中にあるバルで朝食を取った。ボカディージョ、コーヒー、ズモデナランハで3.6ユーロと言うのだから驚く。薄暗く古びた見た目からは場末の飲食店と見えてしまいそうだが、客は多かった。それはもしかしたら、この店からレオンの街が見おろせたからなのかもしれない。美しく広がる街を眺めて飲むコーヒーの美味しさは、その景色を何十年も前から見守り続けた場所だからこそ出せる味だったのかもしれない。

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バルを出たところで偶然、ライアン達とトニー、フランシスコと合流した。

大勢で歩いていると、盛り上がった小山の下に石室のような構えの建物がたくさん建てられていることに気付いた。これは、一体なんだろう。

「地下室じゃない?」「物置だろう」「ピザの焼窯だと思う」各々勝手な予想をするが答えが出ないので、散歩をしている地元の人に聞いてみると、「ワインの貯蔵庫だ」とのことだった。これには一同大騒ぎ。「うわー!そうだったのかー!」「ブラボー!」まるでクイズ番組のようにひと騒ぎした後、全員で記念撮影した流れがおかしくて仕方なかった。本当に、大人の修学旅行だ。

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■一歩戻って…

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気持ちの良い青空の下、僕達は延々と歩いていた。こんな日は、どこまでも歩いていけそうだ。

ふと前に、女の子が踞っているのに気が付いた。「ちょっと、あの子、ももちゃんじゃない?」と妻が言った。確かに。どうしてこんな道端にももちゃんが…?

近づいて話を聞いてみると、どうやら唐突に気持ち悪くなって動けなくなってしまったらしい。そんな時にライアン達が通りがかり、荷物を到着予定地に運んでくれると言って持っていってくれたのだと。その優しさに感極まり、泣いてしまったようだった。

本当に、持つべき者は仲間だと思った。異国の地を一人で歩いて、心細さもある中での体調不良。そんな時に助けてくれる仲間ほど、有り難いものはない。

この道では本当に、誰もが助け合う。「カミーノを歩く」と言う共通の目標のもと、支え合い、協力し、笑顔で進んでいく。

一歩戻って誰かを助けることの方が、わき目をふらずにただ前進することよりも、はるかに価値あること

垂訓が思い起こされる。誰よりも早くゴールに飛び込むことを是とする競争社会には無縁の意識かもしれないが、この教えこそが人と人の繋がりにおける本質なのだろうと思う。本当に、日常では考えられないほどに美しく、純粋な世界があった。

ももちゃんは「自分の力で歩きます。」と言った。僕達は、じゃあ自分達にできることはなにかと考え、「歩行の支えにして欲しい」と言って持っていたストックを片方渡した。

そうして、僕達はももちゃんの少し前をゆっくりと歩くことにした。「ベッタリ付き添うのは変だし、彼女に気を遣わせてしまうから」と言う妻の配慮だった。

「女性も、あまり弱いところを見せたくないものなのよ。」と妻は言った。困っているときに手を差しのべるばかりではダメなのか…女性とは、かくも難しい生き物なのかと思いながら僕達は再び歩き出した。

■到着

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それからももちゃんは、ゆっくりゆっくり、少しずつだが確実に前に進んだ。

僕達もまた、彼女が視界から消えないギリギリ位の距離を保ちながら、ゆっくりと歩いた。ここなら、もしまた彼女がうずくまったときに駆け付けてあげられる。

道中、僕達はトカゲを探したり、ストックを使って剣道の真似事をして過ごした。小学生時代に習った剣道を通して、僕は妻に幼少期の話をしていたと思う。それはそれで、貴重な時間だった。

そうして、午後2時を回ったところでついにももちゃんは歩ききった。目的地のアルベルゲには、ちゃんとライアンが荷物を届けてくれていた。

「ほんっとうに!有難うございました!」

そう言ってお礼をする彼女は元気そうでホッとした。そして、僕達は改めてももちゃんの宿のひとつ先の街、サンマルティンデルカミーノを目指して歩いた。

■田舎町の宿で

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サンマルティンデルカミーノに着いたのは午後3時。充分のんびりできる時間だ。

近くに公園もあるし、遊びにも出られる。妻と二人で洗濯の後に遊びに行こう。

何だかんだで夕食を二度食べることになった。一度はライアン達と、そしてもう一度は、その後発覚したコミュニティディナーで。予定を確認しておけば良かったな。そして、お誘いされたら断れない我々夫婦…。

ディナーにはアドリアンの他、仲良くなった巡礼仲間がたくさんいた。コロンビアのリリィとパティ、イタリア人のルイージ、台湾のゾーイ。この食事会は本当におすすめだ。あっという間に友達が出来る。

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一人でアルベルゲを切り盛りしていたホスピタレロは口数少ないお爺さんだったが、黙ってみんなの晩御飯を作り、巡礼者達の晩餐を楽しそうに眺めていた。アドリアンがテーブルに誘っても、「俺は良いんだよ」と言って入ろうとしない不器用さが格好良く、そして記念撮影をするときに恥ずかしそうにはにかんだ表情が愛らしかった。

これほど不器用でまっすぐなおもてなしの気持ちが伝わってきたことは今までにない。ぎこちないけれど、心に伝わってくる気持ちに感動してしまった。僕も、こうありたいと思うようになっていた。

■夜の語学教室

夕食が終わり、静まり返った食堂で日記を書いていると、アドリアンが入ってきた。

「調子はどうだ?」と彼が聞いた。「絶好調。今日も楽しかったよ。有難う」と僕は答える。「じゃあ、今日もスペイン語教えてやる」と彼は続けて、夜のスペイン語講座は始まった。

気が付くと部屋には仲間が集まり、マンツーマンだった授業は一人増え、二人増えていった。スペイン人のイザスクンとイマイアは、ケラケラと笑いながら巻き舌の発音も教えてくれた。

本当に楽しい時間だ。一日歩き、仲間と話し、美味しい飯を食う。

巡礼の最初に感じていた言葉の壁に対する抵抗感は、もはや微塵も感じられなかった。

この夜僕達は、消灯時間が訪れるまでひたすらに言葉を学び、語り合っていた。本当に、本当にかけがえの無い時間だった。

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レオン(Leon) ~サンマルティン・デル・カミーノ(San Martin del camino)

歩いた距離 26km

サンティアゴまで 残り約285km

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