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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.24

巡礼16日目

カリオン・デ・ロス・コンデス(Carrion de los Condes) ~ テラディロス・デ・ロス・テンプラリオス(Terradillos de los Templarios)


■17kmをひたすら歩く

僕達は出発前、宿で面倒を見てくれたおばあちゃんホスピタレラにお礼を言いに行った。

ホスピタレラは優しく妻に語りかけ、それを聞いた妻は涙していた。

アルベルゲは、時に宿と言う枠を超えた、巡礼者達の救済の場となる。

別れは辛いけれど、それでも巡礼者は歩かねばならない。またいつか戻ってこようね。

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巡礼の旅を初めて16日目、そろそろ折り返しと言うところ。距離にしても残りは凡そ400km程だから、確かにちょうど半分だ。

「もう半分来たのか」と言うような実感はなく、ただただ日々を淡々と歩いている。淡々としていながら、しかし毎日は輝き、社会人になって忘れかけていた青春のように新鮮だ。

今日はまず最初に17kmの間、何もない道を歩くところから始まる。妻は今日初めての荷物のトランスポートを利用した。(トランスポートは、自分の荷物を次の街へ運んでもらうサービス)


17kmと言う距離にピンと来ない人のために東京からの距離に置き換えると、

東京駅から吉祥寺駅までが18kmなので、この位をイメージしてくれたら分かりやすい。

この区間を、小雨が降り風が強く吹く肌寒いなかをただ歩くのだ。トイレはもちろん無い。休憩所は、途中に設置されたキッチンカーの売店が一つ、二つあればマシな方だろう。


■何もないのが良いんだよ

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メセタと呼ばれるこの何もない平原の良さは、ただただ【何もない】と言うその環境自体にある。

そもそも、僕達が生きている世界にモノも情報も溢れすぎているのだ。トレンドも目まぐるしく変わり、ビジネスに於いては先見性と対応力が求められる。僕の頭では、とても情報処理が追い付かないし、きっと同じように追い付かない人って多いと思う。そんな世界で「取り残されないように生きろ」となるから、生きていること自体に疲れたとか言い出す人が出てくるのだ。

メセタには、その点生活や旅の助けになるようなものは無い。ただ大地があり、目の前に道があるだけだ。

だがそれが良い。道があるなら、歩けば良いのだから。そこに余計なモノはなく、ただ歩けばいずれ目的地につく。目的地に着かなければ、その時はその時だ。

環境的な障害はある。風が強く吹き、雨が体を打ちこともあるし、雪が降り寒さに凍えることもあるだろう。夏の暑さに辟易とすることだってあるはずだ。

それでも、自然と向き合うことは複雑な社会に生きることよりシンプルだし、割り切れる。大いなる自然の前に、人は余りにも無力なのだから。

先のことは歩きながら考えれば良い。他にすることもなく、時間はあるのだから。

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とにかく、前へ、前へ。

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ま、僕達の原動力はその先のバルに待つコルタド、トルティージャだけど。

頑張って歩いた後の食事はやはり格別だ。

■テンプル騎士団所縁の地


テラディロス・デロス・テンプラリオス(Terradillos de los Templarios)へ到着。この街はアルベルゲ以外何もない。
かつてテンプル騎士団の支配下とされていた歴史が、街の名の由来だそうだ。

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アルベルゲの裏にはバスケットコートが。日中の悪天候が嘘のような青空だ。

カミーノでは、こうした小さな街がたくさんある。そういう所ではアルベルゲが複合施設の役割を担っていて、食堂、売店、テーピングなどの簡易的な医療品なども取り扱いがあるところが多い。

この宿では、ライアン、ヨンチャンと同室だった。他には韓国人のおばちゃん二人、スペイン人の親子もいる。

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ライアン達は、明日からレオンまでの道でペースを上げて歩くらしい。僕達にはちょっと厳しい。となると、もしかしたら今夜が最後になってしまうのだろうか?そんな一抹の寂しさを感じてしまう。

■親父さん

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夕食後、部屋でいつものように妻の足をマッサージしていた時の事だった。

部屋には僕達とスペイン人の親子だけがいて、それぞれが、のんびりと過ごしていた。

少し日が傾いて西陽が差し込んだ部屋。目の前の親子は穏やかに、静かに声を掛け合いながら微笑んでいた。

親子ねぇ…

ふと親父のことを思った。そう言えば、親父と二人で旅したことなんてなかったな。

最後に二人で出掛けたのっていつだっけ?学生の頃?高校生の頃、部活帰りに内緒でラーメン食べに連れていってくれたこと、あれが嬉しかったんだよなぁ。

僕は親父のことどれくらい知っているのかな?男同士の会話って、大人になってからしたことあったっけ?あー、全然知らないかもしれない。このまま知らないまま時は過ぎていくのかな。

差し込んだ西陽が眩しくて、親子の様子が見えにくい。何だか薄ぼんやりとして見えた二人の姿が僕の目にはとても美しくて映って、羨ましく思えて、思わず泣いてしまった。

「帰ったら親父にも、お袋にも会いに行こう。家族と話をしに行こう。」

こんなことを考えてしまうのは、カミーノの緩やかに流れる時間と、限りなくシンプルな日々のせいかもしれない。カミーノを歩いていると、今まで全く見ようとしていなかったモノ、コトを見ようとするようになってくる。

当たり前の日常や、当たり前に受けてきた愛情、感謝の気持ち、見落としてきた様々なものを、シンプルな目をもって見つめ直すようになる。

妻はうつ伏せになりながら、突然泣き出した僕に驚いていた。「どうしたの!?」と心配してくれる。

ふふふ、まさか僕が今、家族のコトを考えているなんて夢にも思わないだろうな。

まぁでも、それも無理もないこと。彼女の目の前にいるのは、足のマッサージをしながら突然鼻を啜って泣き出した三十路を越えたおっさんしかいなかったのだから。

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カリオン・デ・ロス・コンデス(Carrion de los Condes) ~ テラディロス・デ・ロス・テンプラリオス(Terradillos de los Templarios)

歩いた距離 26km

サンティアゴまで 残り約374km

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