【たべる】ポテトサラダ

私たちはどう生きるか?

 2019年9月、静岡に住む母親が実家の階段から転落した。母は兄と暮らしていて、階段から転落したのは昼間のことだった。

 兄は仕事で不在。階段の一番上から転落すれば、おおよそ3メートルは落下したことになる。階段の一番下はアルミ製の戸になっていて、そこに頭をぶつけて流血。半気絶状態に陥ったようだが、まったく気を失ったわけではなかったようだ。

 転落時、大きな音がした。そんな話をしてくれたのは、隣に住むカフェの女主人だった。その店は台湾茶の輸入・販売などを手がけている。営業時間帯に、たまたまポスティングに来ていた人がいた。そのポスティングスタッフがドスンという物音に気づき、隣の台湾茶店に駆け込んできたという。

 そのポスティングのスタッフさんがドアを叩き、母はなんとかして扉を解錠して開けたらしい。このあたり、母の記憶があやふやで事実関係ははっきりしない。

 とにかく、ポスティングの人が気づかなければ、母は転落した地点で兄が帰宅するまでその場で耐えなければならなかった。兄の帰宅は早くても20時。飲んで帰っくれば、午前様ということも珍しくない。

 昼間に起きたアクシデントだったが、不幸中の祝いにもポスティングスタッフさんは助けてもらうことができた。これは、奇跡ともいえる話かもしれない。

 救助された母は、すぐさま救急車で搬送された。兄は病院から連絡が入ったことで事態を察知した。仕事場から、兄は即座に病院へと向かった。

 治療を受けた後、母はそのまま帰宅。2階の自室に戻ろうとしたが、階段を登れる気力はなかった。1階の空き部屋が、そのまま居室に変わった。

 私のスマホに「母が階段から転落した」という連絡が入ったのは、それから3日後だった。なんで、そんなに時間を要したのかはわからないが、連絡を受けた週末に静岡に向かった。

 母の寝ている居室に入ると、部屋の中は尿臭が充満していた。寝たきりの母はオムツを履くことになったが、兄が仕事に行っている間はオムツ交換ができない。また、布団を交換したり、干したりする時間的な余裕もない。

 本来、こうした事態に直面したら何はともあれ介護保険を利用してヘルパーさんを依頼するのがベストといえる。しかし、その介護保険はシステムが煩雑で、一般的に知識がないと利用しやすいようにはなっていない。

 そのうえ、介護認定の決定までに時間を要する。介護認定の前でも介護サービスを受けることも可能だが、要介護・要支援のレベルによって自己負担額が異なる。介護認定を申請している間に、受けた介護サービスが奏功して心身が回復する。そんなことはザラにある。

 それで介護度が下がって、受けていた介護サービスが過剰と判断されてしまう。その場合、自己負担額が一気に増えるという笑うに笑えない話もある。

 転落してから寝たきりになった母は、仕方がないことだが風呂に入っていなかった。そのため、排泄もそうだが、入浴もしていないとなると衛生状態が非常に気になる。そこで訪問入浴という介護サービスを頼むことになる。

 もともと風呂好きではあったが、歳を重ねると入浴という行為そのものができなくなる。しかも、入浴は体温が急上昇するので身体への負担が大きく、命の危険性を伴う行為でもある。

 久々の入浴に母はご満悦だった。転落の後遺症でクビが痛いという点以外は特に心配はなかった。特に、食欲は旺盛で朝・昼・晩の食事は残さずに食べた。

 正確に書くなら、残すことはあった。それは食べきれないという話ではなく、買ってきた弁当がマズいときに限る。だから、スーパー・コンビニで販売している弁当・惣菜は慎重に選ぶことが求められる。

 コメもパンも特に好き嫌いのない母親だが、朝食はコメ・味噌汁、に、さらにオカズが3品。まさに一汁三菜でなければ満足してもらえない。出来合いの惣菜でも構わないが、ベッドに備え付けられたテーブルに出す前には、当然ながら温める。朝食を出すのにも一苦労を要する。

 私は、たまにしか実家に戻らないし、新型コロナウイルスの感染拡大によって緊急事態宣言が発出された後は、東京から出ることができなくなった。そのため今の母の様子は兄から送られてくるLINEでしか知ることはできないが、とりあえず心配するほどではないようだ。

 兄の負担を少しでも軽減するため、介護サービスは可能な限り使うことを進めている。そのため、ケアマネージャーさんとも連絡を密にする必要があるのだが、その話で感じたのは「介護を受けて生活することは、『(本人が)どう生きたいか?』ということでもある」という哲学にも通じる話だった。

 哲学というと、歴史の授業で習ったソクラテスや孔子・孟子のような話になり、そうした何だかよくわからない正解のないような学問は避けてきた。もちろん、社会の問題に直面して、正解がないことは経験則でみんな知っている。

 それを理解していても、やはり哲学は延々と議論が繰り返されるだけなのではないか? 単なる堂々巡りなんじゃないか?という気がしていた。

まちづくり 最後は哲学

 あちこちの都市を回ってみて地方自治体、特に市区町村といった基礎自治体の取り組みを眺めていくと何かが見えてくる。地味で目立たないながらも政府や都道府県などよりも住民に近い市区町村は、さまざまな政策に取り組む。

 そして、市民の多くが理想の都市像を考え、そこに向かって考えを語っている。首長および市役所の職員は、それを具現化する執行者でもある。

 理想の都市を実現するには、建築だの農学だの経済学だのといった学問的知識が必要になることは言うまでもない。しかし、市民が要望する都市像をすべて叶えることはできない。そこで、首長が最終的に取捨選択して、決断を下すことになる。

 都市をつくるには工学・農学・経済学などの学問的な素養を必要とするが、突き詰めれば首長の「どんな都市にするのか?」「どうやって都市をつくるのか?」という哲学に行き着く。

自作の発想

 ツイッターから火がついたポテトサラダブームは、老舗週刊誌のネット版「デイリー新潮」が取り上げるほどの大きな話題になった。

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