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オガワの小説をまとめています。
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記事一覧

ガナッシュ・ワークス

ガナッシュ・ワークス

「ちょっと抱きしめてもらってもいい?」
「は?」

上司と二人っきりのオフィスに、響く甘い声。

「どうして抱きしめないといけないのでしょうか」

私はおずおずと尋ねた。
すると上司は眉間に皺を寄せて、ひとしきり考え込んだあと、やはり両腕を広げて「島田! 抱きしめてくれ!」と叫んだ。

「だからどうして抱きしめないといけないのですか!」
「新商品のためだ!」

 この上司――木島

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ありがとうの歌を唄いましょう

「随分と古いCDなんだね」
 
 彼が差し出したそれは、随分と埃が被っていた。
 プラスチックが変色している。それだけ時間が経っていたのだ。

 もうすぐこの街ともお別れ。
 私たちは次の住処(すみか)に旅立つための準備をしているところだった。
 夫となる彼が私に渡してくれたCDは、十数年前によく聴いていたもの。

「そうだね」

 私は、何とも言えない気持ちでその藍色のジャケットとパッケージを見

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So Far

 ――君へ。

 君がこの部屋を出ていって、随分と経ちました。
 君と一緒に選んだソファに座って、この手紙を書いています。
 出す宛もないけれど。

 今でも、このソファで君が僕に微笑みかけてくれている気がします。
 僕の隣で、小さく小さく丸まって眠っていた君の寝顔を思い出しては、懐かしさと、やるせなさに包まれています。
 時計の針が何度も回り、数え切れぬ夜を過ごしたけれど、君を忘れることができま

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シャボン玉と紙飛行機

良く晴れたこんな日は、中庭のベンチで一人ランチもいい。
「ごちそうさまでした!」とお弁当箱をしまいながら、カバンの中に忍び込ませている「高校生にもなって子供みたい」と母親に言われたシャボン玉液に目が留まる。

 学校だけど、飛ばしてもいいかな……?

 辺りに人がいないことを確認して、カバンの中からシャボン玉液のボトルを取り出す。淡い半透明のピンクのボトルが陽に透けて、まるで幼い頃に憧れた宝

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朝焼けカラスが鳴いた日に

それはすべて嘘のように思えるけれど。
 私には、相棒がいる。

 AM5:00。まだ街は眠っていて、青白い半月が空にある時間。私の家の裏手にある神社の鳥居前の階段で誰もいないことをいいことに、そこへどっかりと座り込む。
 家から持参したおにぎりをいくつも頬張り咀嚼していると、相棒がいつものように私の左肩に乗る。

『もう朝飯か。早いな』
「お腹がすいてすいて仕方ないんだもん。それに家にいるの

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