So Far

 ――君へ。

 君がこの部屋を出ていって、随分と経ちました。
 君と一緒に選んだソファに座って、この手紙を書いています。
 出す宛もないけれど。

 今でも、このソファで君が僕に微笑みかけてくれている気がします。
 僕の隣で、小さく小さく丸まって眠っていた君の寝顔を思い出しては、懐かしさと、やるせなさに包まれています。
 時計の針が何度も回り、数え切れぬ夜を過ごしたけれど、君を忘れることができません。

 不意に泣きたくなることがあります。馬鹿みたいと君は笑うのだろうね。
 独りで眠ることに慣れたつもりでいたけれど、所詮「つもり」は「つもり」で、毎朝独りであることを噛み締めては、君の残り香を探しています。
 シーツからは君の香りは消えてしまいました。

 独りの食事って美味しくないですね。
 あれから僕は痩せてしまいました。
 お揃いで買ったお箸も、そのまま使っていますが、先が欠けてきてしまいました。
 それでも、買い直す気になれません。

 誰かが良く言いますよね。
「時間が解決してくれる」と。
 僕はそんな風に思えません。だって君のことを今だって想っているのだから。

 あの日、君は「ごめんね」と僕に言いましたね。
 決して泣き顔を見せないよう、僕に背を向けて、小さな肩を震わせて。
 どうして泣いているのか、訊けなかった。
 扉が閉まる音を、無言の「さよなら」を、ただ呆然と立ち尽くして受け止めるだけの僕でした。

 いつか話しましたよね。
「僕たちはずっと一緒だよ」って。
「別れたりなんてしないよ」と言った君を、今の僕はどう受け止めたら良いのでしょうか。
 あの日、お互いに笑いあっていたのに、何故、何故と別れてから何度も繰り返しました。

 あれから誰とも付き合ったりしていません。
 どんな女の子も、この部屋には上げたりしていません。
 僕にとって、この部屋は君との最後の「繋がり」だから。
 契約更新が近いけれど、僕はまだここで独りで暮らそうと思っています。

 君との生活が終わってしまって、部屋は静かです。
 恋が終わるのも、こんなにも静かなのですね。
 独りになって、初めて知りました。

 遠くへ行ってしまった君が、近くに感じられるよう
 テーブルの側に今もあるソファは、ずっと使い続けます。

 君に置き去りにされた、僕より。