朝焼けカラスが鳴いた日に
それはすべて嘘のように思えるけれど。
私には、相棒がいる。
AM5:00。まだ街は眠っていて、青白い半月が空にある時間。私の家の裏手にある神社の鳥居前の階段で誰もいないことをいいことに、そこへどっかりと座り込む。
家から持参したおにぎりをいくつも頬張り咀嚼していると、相棒がいつものように私の左肩に乗る。
『もう朝飯か。早いな』
「お腹がすいてすいて仕方ないんだもん。それに家にいるのは苦痛だし」
無心におにぎりを頬張っている私の様子をじっと見つめてくる相棒の漆黒の瞳が、きらりと光った気がした。
『口の周りに、米粒たくさんついてるぞ』
「わかってるよ。そんなにうるさく言わないで」
口の周りについた米粒を指でつまみ、相棒に差し出す。
「食べる?」
『あいにく腹は減っていない。自分で喰え』
「ちぇー。人の親切を無にしたな」
つれない相棒に、差し出した米粒を口へ運ぶ。
『今日も眠れなかったのか』
「ま、いつものことだけどね。一晩中起きてたら妙にお腹がすいちゃって」
『睡眠欲が食欲へ変換されてるな、お前』
「仕方ないじゃん。学校でぼっちなんだから、ぶっ倒れないためにしっかりご飯は食べておかないと。誰も助けてくれないんだし」
そう、私には友人と呼べる人が皆無だ。
入学式、憧れのセーラー服に袖を通して、これから始まる新生活に心躍らせていたのに。
『学校に向かう途中、車に轢かれて全治2ヶ月。それぐらいで済んで万々歳と思いきや、プチコミュ障が災いして出鼻をくじかれたか。人間は難しいな』
うぐ。過去を振り返っていたのを見透かされていたのに動揺して、おにぎりを喉に詰まらせそうになる。
「う、うるさいうるさい! 私だってタイミング見計らってるの!」
『見計らって余計にタイミングを見失ってるじゃないか』
「あーもう黙れ!」
うるさい相棒に耳を塞ぐ。特に相棒の声はキンと響くので、余計うるさく感じる。
その事故のせいなのか分からないけれど、突然この相棒と話せるようになった。
最初は信じられなかったけれど、本当に話せるようになっていたのだ。
幼い頃からこの神社で遊んでいる時に境内でたむろしているカラスの中の一羽だった、と相棒が教えてくれた。
家で嫌なことがあるたびに、この神社に逃げ込んでいたことも全て知っていたと言われ――家族すら知らない数々の脱走も全て知っていて――穴があったら入りたい気持ちに襲われた。
でも、そんな私のことを知ってくれていたので、自然と仲良くなり――現在に至る。
『本当は淋しいくせに。意地を張らずに仲間に入れてくれって言えばいいだけだろ』
「人間様は色々と難しいんです」
『理論武装でもしようってか?』
「しませんよーだ。あんたの前では」
何でもお見通しの相棒の前では、気を遣わなくて済むし、自然体の私でいられる。
『俺の前で大きな口あけて握り飯喰うお前のまんまでいいんだぞ』
「何それ、嫌味?」
『違うさ。肩肘張らずにクラスメイトと話してみろよ。意外と上手くいくかもしれないぞ?』
左肩の上で小刻みに頭を左右に傾けながら、相棒が言う。
「そうできたらいいんだけどね……」
『怖いか?』
「うん、怖い」
『失敗を恐れていたら、何もできないぞ』
「それはそうなんだけど」
『失敗しても、俺がいるだろう?』
そう言うと、相棒が街の方を見つめる。つられて私も相棒の視線の先を追うと、暗闇に沈んでいた街が、少しずつ元の色を取り戻していくのが見えた。
「そうだね、あんたがいるか」
独り言のように、呟く。
『明けない夜は、ないんだ。朝は必ず規則正しくやって来る。どんなに辛くても、だ』
「どんなに辛くても、か」
『お前にも、いい朝がくるといいな』
相棒が、空を見上げる。見上げた先には相棒の仲間たちが飛んで、鳴いている。
『じゃあそろそろ、俺もいってくる。残飯漁りは面倒なんだけどな』
「残飯漁るな! 街をきれいに!」
『分かってるさ。殺されたくないからな。お前に逢えなくなるだろう?』
じゃあ、と相棒が羽根を広げて飛び立つ、その刹那。
――言い忘れてたな、おはよう。
そう高く鳴いた相棒が、空へ旅立っていく。
「おはよう、か……」
握りしめていた拳を、更にぎゅっと強く握った。
たった一言の挨拶に、どうしてこんなにも胸締め付けられるのだろうか。
今日の朝焼けが妙に眩しくて涙がこぼれそうになったことは、相棒には内緒にしておく。
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