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#家族 | 母の愛情が作る輪

昨年2023年
家族全員での集まりや親戚と会う機会が多かった
・お正月の親戚大集合
・新しい家族の誕生
・海外在住の親戚と異国での交流
・祖父母の故郷への大家族旅行
・幼少期を過ごした田舎での親戚交流
・祖母の旅立ち
・父の退職祝い
・母の日、父の日、誕生日祝い

これがどれだけ珍しい事か…
兄と妹はスポーツに明け暮れているのが当たり前で、
10代後半からは家族全員で過ごす時間はほとんどなかった。
彼らが引退してからもその尾を引きながら時が流れていた。

しかしながら
昨今は兄妹間での連絡のやり取りが増え、
家族が揃う回数も増えていることに
少し不具合を感じていた”家族の歯車”が
綺麗に合致し、再び滑らかに回りだした事を感じる!
(詳しくは書かないが、明らかに変革期があった)

10代、20代、30代…
両親も祖父母も、そして親戚や各々を取り巻く環境も
10年、20年と時を経て変化をし、ここに至る。

そして、ふと流れてきた
中島みゆきさんの曲「時代」の歌詞に
この感慨深い気持ちがリンクして、心温まる涙を流した年末だった。

中島みゆき「時代」歌詞引用
家族物語にも同じ事が言えるのではないだろうか


いつの時代も家族の歯車の
潤滑剤になっているのは「母」の存在だろう。
そんな母の活躍をここに残します。

母の愛情が作る輪

■年越し
母が作るいつもの夕食と年越しそばを食べながら
1年が終わる速さを語り、リビングで年越しを迎えた。
※今回の蕎麦は、両親が戸隠で購入してきた”戸隠蕎麦”でした

■2024年元旦
毎年恒例、第二の母を含む「お正月の儀式」が執り行われた。
※私はこれまで一度も参加しなかった事はない。
学生時代、友人と年越+初日の出を見に行った時でさえ
この時間には遅れてはならない!と…ダッシュで帰宅したのを覚えている。

神様への挨拶、ご先祖への挨拶、
毎年順番で回って来る”新年の挨拶担当”の一言で始まり
母手作りのお正月料理をみんなで囲む。
この一連の流れが途切れることなく
続いている事が、実に素晴らしいと思う。

■2024年1月2日
箱根駅伝が始まると同時に集まりだす親戚たち。

年々子供が増えて賑やかになり、大人は立食状態の食卓となっている。
ここでも母手作りのお正月料理が
注文した大きな桶のお寿司と共に並んだ。
4人掛けのテーブル2つが埋まる量だ。
※今年は一粒たりとも残ることなく、全ての料理と飲み物がなくなった。

そして、各々が満腹になると…
家の中や外、公園で時間を過ごし
お菓子やデザートを食べてカフェ時間、
大人は昼夕方飲み時間
子供たちはお風呂時間、夕食の時間を過ごして夜になる。

1組、また1組…
翌朝を迎えて、また1組とそれぞれの家へ帰宅した。
全員を見送る母…
徐々に静かになるリビングの音。

とても感慨深かった。

この数日を振り返ると…
母は、年末にたくさんの食材・お正月料理の下準備・家の掃除を行い
年越しと共に常にキッチンに立ち続け、お正月料理を準備した。
「温かい料理は温かい状態で出したい!」と
みんなが到着する時間を逆算しながら料理を開始。
みんなが食事をしている間に片付けを行い、これを何度も繰り返した。

今年の母のこだわりは「全て手作り」!!!

1日目のお節料理
1日目のお節料理

・祖父母の故郷「福島」の名物”イカ人参”は祖父母の手作り
 ▶イカは私が北海道で購入して送った。人参はご近所からの頂き物
・白菜の漬物は父が白菜を作り、祖父が漬けた手作り
 ▶父は定年後から料理好きな母の為に、食材を作り始めた
・里芋の煮物
 ▶通っている地元の美容師さんからの頂き物
・お重箱は親戚増加に伴い追加
 ▶「第二の母」のお友達からの頂き物

またお節は、お隣さんにもお裾分けをした。
※お隣のおじちゃん、おばちゃんが亡くなってから
1人で住んでいるお隣のおじさん。
「1人じゃお節は買わないから」と喜んでいた。

今回が特別ではなく
何かしらイベントの時は、いつも何かしら届けに行ってる我が家。
こんなご近所付き合いもこの時代珍しい気もする…笑

なんとも温かい家族なんだろう…とも思う!

みんなが幸せなら、自分も幸せ!
目の前の人が幸せなら、自分も幸せ!
そんな文化があるように感じている。

2日目のお節料理
2日目のお節料理
お寿司は一番大きい桶を2つ注文しました
疲れ果てた母の一時的な休憩時間
ここから母はまた夕食作りを始めるのだった…

年末年始の母の働きを振り返っただけで
「感謝」の言葉しかでないが、
「こんなに綺麗に全部残さず食べてもらえるならママ最高の気分!!
ありがとう!!!」と言っていた母。

偉大だ、、、。
最高のお正月で、最高の新年の始まりだ!

最後に
私の母は、
子供たち全員の試合やイベントは
物凄いパワーで応援してくれて
どんなにウザったがられても
子供たちには定期的に他愛もない連絡を送り続け
夫婦の旅行写真、仲良し写真を送り続け
どんなに距離を取ろうとしても、離れていこうとしても
兄妹を突き放す事なく繋ぎとめていた。

親戚が仲良くいられるのも
「母」が中心に声掛けをするし
みんなは「母」に連絡をするからである。

家族の輪、親戚の輪の中心には
いつも「母」がいる。
母の愛情が家族を幸せにしている。

私はこんな女性になりたい。
こんな母になりたい。


今年も家族、親戚が健康で元気で過ごせますように。
当たり前じゃない、この状況に感謝する。
いつも有難う!!!

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