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雑多なことを書きます。

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最近の記事

誤訳の旅/村上春樹訳レイモンド・カーヴァー『サマー・スティールヘッド』、その1

村上春樹訳のレイモンド・カーヴァーの短編「サマー・スティールヘッド」から。『頼むから静かにしてくれ 1』(中央公論新社 村上春樹翻訳ライブラリー、2006)所収。 この新書版の〈村上春樹翻訳ライブラリー〉は単行本から再録するときに訳文の手直しをしたと奥付に断ってあるが、それでも疑問を感じる箇所はある。「サマー・スティールヘッド」もいろいろあるので、記事を小分けすることにした。 釣りに関する誤訳(この記事) 魚の描写に関する疑問(次回書く予定) 性的な内容に関する誤訳(

    • 翻訳小ネタ/ホットで小さな手?

      スティーヴン・キング『アウトサイダー』(上巻、白石朗訳、文藝春秋 2021年)より。小説の出だしのあたり。 登場人物のラルフとベッツィは市警の刑事、つまり同僚の仕事中の会話です。それにしては妙な言い回しだなと思って原文を確認しました。 たしかに直訳すれば「わたしのホットで小さな手のなか」ですが意味がわかりません(スティーヴン・キングのようなタイプの作家で意味がわからないところはだいたい翻訳が原因であることが多い気がします)。 実はこれはイディオムです。 つまり、何かを

      • ChatGPTは皮肉を理解する

        先日、スティーヴン・キングのある小説の邦訳がけっこうダメだった、という記事を書いたのですが、その過程で気になったことがあったので ChatGPT に尋ねてみたところ、わりと面白かったので小ネタとして書いておきます。 文脈は、スティーヴン・キングの中篇「マンハッタンの奇譚クラブ」(原題:The Breathing Method、新潮文庫『スタンド・バイ・ミー 恐怖の四季 秋冬編』所収)の冒頭の会話文です。 語り手がクリスマス直前の雪の日にNYでタクシーに乗ったところ、運転手

        • 誤訳の旅/これはさすがにスティーヴン・キングもかわいそうだ編

          もともとキングの読者ではないのでほとんど読んでないが、たまたま読んでみたら翻訳がアレでびっくりしたので書いておく。この記事で取り上げるのは新潮文庫の『スタンド・バイ・ミー 恐怖の四季 秋冬編』収録の「マンハッタンの奇譚クラブ」(山田順子訳)。例外的にダメな訳を引き当てたのだろうと期待するが、キングでさえこのレベルというのは予想のやや斜め上。同書併録の「スタンド・バイ・ミー」はもはや恐しくてチェックする気になりません。 まとめるのが困難なほど誤訳が多いので、この記事の範囲は原

        誤訳の旅/村上春樹訳レイモンド・カーヴァー『サマー・スティールヘッド』、その1

        マガジン

        • 誤訳で味わう名作文学
          6本
        • 翻訳小ネタ集
          4本

        記事

          町山智浩『映画の見方がわかる本』の問題: 『タクシードライバー』編

          町山智浩『〈映画の見方〉がわかる本』(洋泉社 2002年)、第7章「『タクシードライバー』孤独のメッセージ」について。 最初にことわっておくと、『〈映画の見方〉がわかる本』には一部を除いて参考文献の記載や引用元の注記がなく、事実や発言や引用の大半は典拠が示されていない。つまり記述の内容の真正性や根拠に疑問をもつ人は読者として想定されていないし、そもそも信頼性はそれほど期待されない類の本であるとは思う。したがって下記のような内容が何かの役に立つとは思えないが、少なくともこの本

          町山智浩『映画の見方がわかる本』の問題: 『タクシードライバー』編

          翻訳小ネタ/鴨は洞穴を目指すか?

          村上春樹訳、レイモンド・カーヴァーの短編集『頼むから静かにしてくれ』に所収の「鴨」The Ducks の冒頭。(太字強調は引用者、以下同様) 「洞穴」をめざして飛び立ったはずの鴨が「沼地」に降りるというのは少し違和感を覚えました。加えて、個人的には「林の奥にある静かな洞穴」といわれると鴨が洞穴(ほらあな)で雨宿りしている牧歌的な光景が頭に浮かんでしまいますが、仮に読者がそういうイメージを抱いてしまうならこの訳は失敗……という気がします。 原文は以下の通り。 鴨が目指す「

          翻訳小ネタ/鴨は洞穴を目指すか?

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          誤訳の旅/村上春樹訳ジョン・チーヴァーその他

          とりあえず村上春樹訳のジョン・チーヴァーはこれで終わり。といっても『巨大なラジオ/泳ぐ人』(新潮社 2018)を読んだだけだが。読みながら気になって確認した箇所を二点、どちらもわりとどうでもいいといえばどうでもいい。 「愛の幾何学」 「愛の幾何学」The Geometry of Love。初出は1966年『サタデー・イブニング・ポスト』掲載。(引用部分の太字強調は引用者、以下同じ) この短編は数学とか幾何学のタームがいろいろ使われているのが面白み(?)のひとつではある。

          誤訳の旅/村上春樹訳ジョン・チーヴァーその他

          誤訳の旅/ジョン・チーヴァー『ああ、夢破れし街よ』:「刮目すべき資産」という訳は可能か

          ふたたび村上春樹訳のジョン・チーヴァー。今回は『巨大なラジオ/泳ぐ人』の二作目に収録の「ああ、夢破れし街よ」O City of Broken Dreams から。原著は1948年『ニューヨーカー』掲載。(引用部分の太字強調は引用者) 主人公夫婦と娘が一家三人でNYに向かう電車の中のシーンです。五歳の女の子が古びた毛皮のコートを「刮目すべき資産」のようにさすっている………「刮目すべき資産」とはいったい何か? この原文を見て「まあ誤訳だろうね」と思った人はこの記事のつづきを読

          誤訳の旅/ジョン・チーヴァー『ああ、夢破れし街よ』:「刮目すべき資産」という訳は可能か

          誤訳の旅/ジョン・チーヴァー『泳ぐ人』:背中なのか尻なのか

          村上春樹訳のジョン・チーヴァーの短編「泳ぐ人」The Swimmer から。原著は『ニューヨーカー』誌上に1964年発表。有名な短編です。 小説のわりと冒頭から引用します。(太字強調は引用者、以下同じ) 太字にした箇所に違和感があったので原文を確認しました。 問題は単純で、"give someone's backside a smack" に類する表現は「背中を叩いた」でいいのか、という点です。もっと端的にいえば backside は「背中」か? ということ。ここで「あ、

          誤訳の旅/ジョン・チーヴァー『泳ぐ人』:背中なのか尻なのか

          ジョン・チーヴァー『四番目の警報』:「貸与品」とは何か

          村上春樹訳のジョン・チーヴァーの短編「四番目の警報」The Fourth Alarm を読んでいて気がついた(気になった)こと。 この場面は、いろいろあって主人公が登場人物がみんな裸で性的な行為をやってみせたりする前衛演劇の舞台を見に行き、あれこれあって自分も服を脱いで舞台に上がろうとしている、という場面です。訳者の村上春樹によると、この作中の演劇は出演者が全裸になることで話題を読んだ実在のミュージカル『ヘアー』を元ネタにしてるのではとのこと。原著の初出は1970年の『エス

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          誤訳の旅/ミシェル・ウエルベック『素粒子』:レーユヴァルデンは何処にあるのか

          最近小説読んでないな、と思って寝る前に適当に本棚にあったのを読み始めたんですよね。たまたま手にとったのがミシェル・ウエルベックの『素粒子』でした。読んでいるのは野崎歓訳で筑摩書房から2001年に出た邦訳です。(以下の記述はこの単行本の話なので、文庫化時その他のタイミングで修正されてる可能性はあります。) 最近英訳で話題になったチリのベンジャミン・ラバトゥ(Benjamín Labatut)とか思い出しながら、そういえば二十世紀科学史的な蘊蓄を物語のフックにするやり方はあるな

          誤訳の旅/ミシェル・ウエルベック『素粒子』:レーユヴァルデンは何処にあるのか