内臓

 今日は父親が早く帰ってきたこともあり、三人で食卓を囲んでいた。
「最近魚料理が多いよね。」
 何気なく俺がそうこぼすと二人が露骨に固まったのが分かった。
「いや別にいいんだけどね……」
 何かただならぬ気配を感じた俺は静かに食事を続けることにした。
 ついさっきまで両親ののろけた会話が食卓を飛び交っていたのが嘘のように、会話一つない水を打ったような静けさ。
 その静寂を破ったのは父親が茶碗を強く置いた音だった。
「勇樹、話がある。」
「勇作さん!」
 よっぽどなことなのだろう。母がすがるようにそう言った。
 僕は覚悟を決めた。
「どうしたの?」
「実は……」
 ごくりとつばを飲み込む。
「健康診断の結果が悪くてな、内臓脂肪てのか、あれが相当だったんだよ。」
「うん……」
 しばしの沈黙の時間。
「え、それだけ?」
「ああ。」
「なんだよそれ!」
「なんだよそれとは何だ。」
「いやいや二人ともあんな反応するから、てっきり大病でも患ったのかと。」
「いやこれだって病気の一つだぞ。」
「そうよ、このまま放置してたら大変な病気になるかもしれないのよ?」
「それはそうだけど、でもあんなに大風呂敷広げることではなかったでしょ。」
 二人は納得いかないといった表情を浮かべていた。
「まあまあとりあえず今は問題がなかったならよかったよ。」
「問題がない?問題大ありよ!」
「え、なんの?」
「いい?私は普段頑張って働いてくれる勇作さんのためにも精いっぱいの手料理をふるまってあげたいの。」
「僕も仕事から帰ってきて見る亜寿美さんの笑顔と、亜寿美さんの作ってくれる料理があると思うからこそ頑張れるんだ。」
 この二人は本当に何を言っているのだろうか、時たま我が親ながら恥ずかしいを通り越して、理解できない域に到達する。
「もちろんお前たち二人のことも思ってるぞ。」
 父さんは決め顔でそう言った。
「ああどうも。じゃあ、お互いの利害は一致してるみたいだしいいんじゃないの?」
「全然ダメよ!やっぱり私はあれもこれもたくさん食べてほしいの!」
「僕だって、亜寿美さんの作るものすべて食べたいさ!」
「でも勇作さんの体のことを思ったら、何を作ってもいいわけじゃない。」
「その通り。一日にとっていい量を意識しなくちゃいけないのさ。」
 二人の掛け合いを見ているとなんだかとてもクオリティの低いミュージカルを見させられている気がしてきた。
「まあでも、やるしかないんでしょ?」
「それは、そうだ。このままじゃ他の内臓までやられかねないからな。」
「勇作さんには元気でいてほしい!」
「亜寿美さん……」
 見つめあう二人、そんなこと言いたくも思いたくもないが。
「だから私、心を鬼にするわ!」
「ありがとう、亜寿美さん!」
 やっとだ、このミュージカルも終演に向かっているようだ。
「勇樹、お前もこれくらい愛せる人と出会いなさい。」
「もう勇作さんったら。健康には気をつけろよ、とかじゃないの?」
 二人は笑いあいながらそう言った。
二人の映像が引きになり、俺の目の前の幕が閉じていく感じがしたのだった。

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