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Care killed the cat

 人をだめにするソファで、温泉に浸かるかのように、ねこが沈んでいる。近寄って、後頭部に頬ずり。おなかに顔をうずめて若干嫌がられ、だけどそのまま鼻先をくっつけてねこの挨拶。こんなにしあわせな生きものを、私は他に知らない。


 夫の実家にもねこがいる。

 つき合い始めたころ、その子たちは三匹いて、なかでもいちばん最初に迎え入れたという見事なさびねこが、夫の大のお気に入りだった。嫉妬するくらい。

 三年前の夏、私を差し置いて夫とさびねこは二人きりで公園デートに出かけ、けれど帰ってきたのは夫だけだった。キャリーケースから飛び出して、行方をくらましたらしい。

 何度か一緒に探しに行った。夫の実家からすぐ近くの公園だったし、逃げた後もいくつか目撃情報があったから、すぐ捕まえられると思っていた(夫も見かけている)。

 すこぶる元気で、ショックだとか落ち込みだとかに縁遠い夫は、逃げられたり、姿さえ見つけられなかったりを繰り返すうちに、どんどんテンションを落として行く。そのうち、ほんとうに再会は絶望的になって、夫の落ち込みようはちょっと見たことないくらいになっていた。


 ねこのせい、とは言い切れないだろう。

 だけど、その夏の暮れから、少しずつ歯車が狂っていった。

 デートの終わりが近づくと、あからさまに気分が落ちたのがわかる。長いため息をつく。身体を重ねた後、細く煙をくゆらせながら、あらぬ方向をぼうっと見つめている。いや、見つめているようで、何も見ていなかった。

「物悲しいなあ」

 そんな言葉が、いつしか口癖になった。いなくなったねこのことを、時折「ほんとにおらんのだなあ」とぽつりとこぼした。仕事も、うまくいっていないようで、社長とぶつかったり、はたまた話し込んだり、という話題が増えた。

 夏が去り、風と共に秋が訪れ、初雪が降った。

 足音もなく、にじり寄るように、蝕んでいく。

 最初に現れたのは、不眠だった。寝付けても、明け方には目覚めてしまう。起きる時間には早すぎるのに、もう一度眠ることができない。明け方だったのが就寝から二、三時間後になり、午前二時、三時に、「目が覚めた。眠れない」のLINEが入ることが多くなった。気力もなくなり、何に対してもやる気が起きない。仕事はその最たるもので、消防団の行事も億劫そうにしていた。逢瀬だけは、変わらなかった。

 年が明け、とうとう夫は会社を休んだ。その冬いちばんの雪が降った朝だった。空を気分と同じ厚い灰色の雲が覆っていて、なのに街を覆う白は、どこか明るかった。この日から、夫は五ヶ月間会社に行けなかった。

 そのうち、私のこともごくたまに鬱陶しがるようになった。LINEのやりとりもしんどく、気分転換にやっとのことで外に連れ出しても、「文字がうまく読めない」「日に日に悪くなってるか? 俺」と心配させるようなことをいう。家で休んでいても、夫曰く「焦燥感」に駆られて、布団をかぶって悶々と過ごす。ありとあらゆる意欲がぐんと減り、食べても食べなくてもという日が続いた。これはうつ病なのか、と背筋が凍る思いだった。

 蝕まれたのは、私も同じだった。

 苦しいのは彼だ。そんなことは、百も承知だ。あの頃の夫を思い出すと、今でも胸が苦しくなる。彼の前では泣けなくて、こっそり見えないところで泣いていた。

「一時間でもいいから会おう」と突然言い出してデートをしたり、会う約束をしていても「今日は会えない」「外へ出られない」、「もう会えない」と言われ慰め宥めすかしたり、かと思えば「ずっとお喋りしよう」と電話やLINEをしたり、ひとつもメッセージが来なかったり。

「焦燥感に襲われて、こんなに何もできないなら、死んだほうがマシだ。死にたいと思うのは、はじめてだな。自殺するやつの気持ちがわかるよ」

 その言動ひとつひとつに、振り回されて心身ともにぼろぼろになる。LINEひとつ無い日は、生きているのか無事なのか、ほんとうに不安だった。だけど、夫はもっとぼろぼろだ。

 暗い、暗い坂を転げ落ちて行く。お互い、どこに立っているのかわからない。


 思い返すと、今の状態はまるっきり奇跡だ。

 同じ部屋に帰ってくる。同じベッドで眠れる。毎日仕事に行ける。なにより心身共に健康で、さびねこはいないけれど、豆大福のようなもようの、ふたりのねこがいる。

「結婚したんだから、この先はずっと一緒」

 と夫は言う。


 お気に入りのペディキュアをひさしぶりに塗って、それももう乾いた。めずらしく先にベッドに潜り込んで休んでいる夫を、いまを、ほんとうに大事だと思う。



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