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7月が終われば、8月がやってくるらしい

あまり京都にいなかったといえば少し過言かもしれないけれど、1ヶ月のうちに2度ほど岐阜県へ行った。合計で1週間も岐阜県で過ごした。1週間というと、たった7日であり、大したことがない印象を受けるけれど、1ヶ月の4分の1を岐阜で過ごしたといえば、それは短い時間ではなかったことがわかる。1年で換算すれば、3ヶ月間岐阜で過ごし、人生を80年だと仮定すれば、一生涯のうち20年を岐阜で過ごしたことになる。これはもはや、岐阜を訪れたというよりは、岐阜に住んでいたということができるだろう。これはもはや過言ではない。

なぜ僕が岐阜に行ったかといえば、それは映画『逆光』が岐阜の柳ヶ瀬商店街の夏祭りを映画祭としてプロデュースしたからだ。なぜ僕が映画『逆光』のために岐阜まで行ったかというと、それは長くなるので、僕がnoteで連載している『逆光記』を読んでいただいて、ついでに書籍化した『逆光記』を買っていただければ、京都から岐阜まで2回も訪れる意味がわかるだろう。

岐阜で須藤蓮に会った。約2ヶ月ぶりに会った。渡辺あやさんにも、木越明さんにも、全国各地で『逆光』のために尽くしてきた同年代の同胞や大人たちとも会った。みんなが岐阜に集結していた。一緒に祭りの準備をして、祭りのイベントで盛り上がって、酒を飲んで、話した。日本の複数の地域に、若者のために親身になって尽くしてくれる素敵な大人たちがたくさんいることを、それも、熱量と自信を持って動き続けていれば、大した見返りなんかなくとも応援してくれる超素敵な大人がたくさんいることを改めて認識した。こう言っては少し自惚れかもしれないけれど、自分のしたいことを、信念を持って継続していれば必ず味方になってくれる人がいてくれるとわかって、自分の将来なんてどうにでもなると思った。

自分のしたいことは何なのかということがはっきりとわかった。というのは、僕の書いた文章がある一部の人間にとってはおもしろいものとして受け入れられることを知ったからだ。岐阜柳ヶ瀬商店街の看板について書いた「あらゆる看板」が多くの人に読まれたのだ。僕がこれまで書いた文章でいちばん読まれたものになった。noteの公式さんに「今日の話題記事」に入れてもらい、公式Twitterでも紹介していただいた。朝起きるたびに多くの人が反応をくれていた。僕は自分の欲望にだけ忠実に生きていたいと思っているけれど、でもどこかで周りの反応だとか数字を気にしてしまう。だから周りの反応と数字が多かったら嬉しいし、モチベーションもあがる、素直で可愛らしい人間なのかもしれない。たった1回のまぐれにすがるのは危険なことだとは重々わかっているけれど、自分は文章を書いて人に読んでもらうのが好きなのだと感じた。書かなきゃと思った。だから、僕は、とある基準をまぐれの積み重ねが超え、ライターとして仕事ができるようになるまで、そしてその後もひたすら書き続けると思う。

いつも通り、よく働いて、よく遊んで、よく酒を飲んだ。その中で、今後に対するある種の覚悟のようなものを持ったし、これからしばらくの間夢中になるだろうおもしろそうな種も植えた。この種から芽が出て、数ヶ月後に大きな花を咲かせるのか、それとも土の中で枯れてしまって誰も幸せにならぬまま終わってしまうのかは、僕がいかにサボらずに水やりをするかにかかっている。植物に水をやり過ぎると毒かもしれないけれど、僕のこれからは水をやればやった分だけ大きくなると思うと信じているので、8月は全力疾走でゆっくりと水やりを続けていきますという決意宣言を行なっているうちに、8月はもう目と鼻の先まで来ている。

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