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自転車をこぐ時、隣にはいつも猫がいた。

私が自転車に乗れるようになったのは、小学生の頃でも中学生の頃でもない。成人して母とオランダに行った時のことである。

オランダは自転車大国なんて呼ばれるほど、自転車が交通手段として最も多く使われている。私たちが主に滞在していたのはフローニンゲン(Groningen)よりもさらに北のワルッフム(Warffum)という、入国審査官にすら「どこそれ?」と聞き返された田舎だが、そんな田舎でさえ自動車用・歩行者用と並んで自転車用の道が用意されているぐらいである。

そのような自転車大国に対して、私の自転車歴は幼稚園とか小学校で止まっていた。つまり補助輪付きの自転車にしか乗ったことがないのだ。

そんな私に、母は言った。

「ここで自転車に乗れるようになろう!」

いや、今さら??

小学校の頃なら喜んで賛成しただろうが、私はもう自転車にさして興味がなかった。もう成人してるのに今さら自転車に乗れるようになったって⋯⋯渋る私に構わず、母は「自転車借りてきたから!」と満面の笑みで言った。なんと、母は私たちのホームステイ先の大家さんに、娘に自転車を教えたいから使っていない自転車があれば貸してくれないか、と交渉済みだったのである。行動が早い。

ホームステイ先の大家さんまで巻き込んでるなら、もう仕方ない。そのように渋々スタートしたものだから、自転車チャレンジ1回目はお互いに疲弊するだけに終わった。当然、乗れるようになるわけもない。

だが、2回目は違った。

何故なら、猫が来たからだ。


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ちょっとワイルドな目つきが可愛らしい

ホームステイ先の大家さんの家には、大きなガレージがある。中に入っているのは車、ではなくて数え切れないほどの自転車たち。大家さんの子供たちが昔使っていたものから、最近使っているのであろう大きくてサドルの高い自転車まで、その種類は多岐に渡る。

ちなみに、オランダは自転車だけでなく身長も世界のトップクラスだ。母はアジア系にしては高身長な方だったので問題なく乗りこなせたが、私は大人用の自転車ではサドルを一番低い位置まで下げても足が地面に全然つかなかったため、子供用と思しきちょっと低めの自転車を借りた。
(当時はnoteを書くことになるとは夢にも思わなかったので、残念ながら自転車の写真はない。いつかまた行く機会があったら、ぜひここにその自転車の写真を加えたい)

そんな自転車でいっぱいのガレージには、ひとりの住人⋯⋯ではなく、一匹の住猫がいた。

それが、写真の猫である。

その猫は飼い猫だというのに、ちょっとワイルドで、手加減を知らない猫だった。というのも、じゃれている時に本気で噛んだり引っ掻いたりしてくるのだ。

最初は「構いすぎて怒らせたのかな?」と思ったのだが、どうも本人ならぬ本猫は遊んでいるつもりらしい。大家さんに聞いたところ、元は親戚が飼っていたとかで、この家に迎えた時からこんな感じだったらしい。

そんなわけで、私はものすごく猫が好きなのだけど、その猫とは一定の距離を保っていた。手加減を知らない割に人懐こいその猫は、ガレージにいるときに誰かが来ると、挨拶にくる。その日もちょうど猫がいたのでちょっと声ををかけてから、自転車を押して外に出た。

すると、猫が後をついてきた。

猫はいわゆる放し飼いというか、何せ田舎の車も少ないところだったので、好きに家を出入りしいているようだったので、最初は「あぁ、ちょうど外に出るところだったんだな」と思っていた。

ところが、猫は隣を歩き続けた。

人が立ち止まると、猫も立ち止まる。別についてきてませんよ、という顔をしてにゃあと鳴く。

試しに自転車を走らせてみる。(と言うと聞こえはいいが、まだ一人でバランスを取れなかったので母に支えてもらいながらだった)

すると、なんと猫は隣に並んで走り出した!

リードを付けずに自転車を漕いで、隣を犬に走らせている人は見たことがあるが、猫が自転車の横を走るとは思わなかったので本当にびっくりした。

しかも、もっと驚くことに、それからも私が自転車を外に押して行くたび、それを合図かのように猫はついてくるようになったのだ。それも毎回毎回、一度も休むことなく。猫は私の自転車の練習についてきてくれた。

そんなわけで、最初は渋々言われて始めた自転車だったのだが、自由気ままな筈の、ちょっとワイルドな猫が練習に付き合ってくれたおかげで、私も段々と自転車の楽しさに目覚め、めきめきと上達していくことになる。

横を見ると、猫が走っている。私が転倒しそうになると、その気配を察してサッと俊敏に逃げ、起き上がって自転車を再び漕ぎ出すと、また隣に並ぶ。飽きると道の脇で立ち止まり、けれど何処か別のところには行かずに、じっと私の練習風景を見ている猫。

悔やむべきは、自転車を漕ぎながら隣の猫の写真は撮れないことだ。トコトコと自転車と並走する猫の姿は、私の記憶の中にしかない。かくなる上は念写するしかない。できないけど。

自分でバランスを取ることを覚えれば後はもう早いもので、数日前までは自転車に乗れなかったのが嘘のように、自在にターンを決めることもできるようになった。最初なんであんなに嫌がってたんだろう、こんなに楽しいのに。一度風を切る楽しさを覚えると、そう思うようになっていた。

・・・

そうして、とうとう初めて自転車で裏庭から外へ出る日。

隣を走っていた猫が立ち止まる。前を見ていないと危ないと知りつつ、こっそり振り返ると、猫は裏庭と外の境目に座って、こちらを見ていた。

いってらっしゃい、と言っているように私からは見えた。いってきます、と心の中で呼びかけて、前を向く。

少ないとは言え、時々は車が隣を通る。初めての自転車でのお出かけは、緊張のせいかグリップを強く握りすぎて帰ったら手が痛かったけれど、それ以上に、歩いて出かけるよりも遥かに遠い距離を、ずっとずっと早く駆け抜けられることが面白かった。

自転車に乗れるようになれて良かったと、心からそう思った。⋯⋯でも、ひとつだけ欲を言えば、本当は。

隣に猫のいない風景は、なんだか少し変で、落ち着かなかった。


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今回、noteでエッセイを書いていること、そしてそこに猫ちゃんの写真を載せても構わないか大家さんに聞いたところ、とても快く承諾して頂きました。さらに、励ましの言葉まで!

お世話になった大家さん、猫ちゃん、そして最後まで読んでくださったあなたに心から感謝を。

Dankjewel!

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この記事は、ブックマーク代わりに使っている「お気に入りの記事まとめ」の記事が100件を越えるたびに更新しているシリーズです。このシリーズでは好きなもの・好きなことから毎回テーマを決めて色々書いているので、よかったら他の記事もこちらからどうぞ。
今回のテーマは「自転車」と「猫」でした。

最後まで読んで頂きありがとうございます。 サポートは、大学のテキスト代や、母への恩返しのために大事に使わせて頂きます。