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あるところに男がいた。男は漁師をして口に糊していた。男は魚を獲ることが好きで漁師になったわけではなかった。男の父親も、祖父も漁師であり、男は自然と漁師という職業を選んだだけだった。男には漁師が職業であるという認識すらなかったかもしれない。それは生業であり、職ではなく生の一部である。となると、それは選ばれるものではなく、所与のものなのだ。そこには個人的な好悪が差し挟まれる余地はない。我々が好むと好まざるに関わらずホモサピエンス・サピエンスであるのと同じように。 彼は別に魚を
宇宙ステーションと地上の管制室との間では濃密なコミュニケーションがとられている。宇宙飛行士たちの体調について、計器類の不具合、予定されている実験の進捗状況、地上での出来事、宇宙飛行士たちの家族からのメッセージ、誕生日のお祝いがあったりもする。宇宙ステーションでの生活は実に窮屈なものだ。無重力下での宇宙酔いに苦しみ、排便に手間取り、数人の同じ顔と毎日毎日その見飽きた顔を突き合わせなければならない。選抜された宇宙飛行士たちでさえ、大きなストレスを感じざるを得ない。その中でも、宇
note って凄いよな…と思うことは多々あったのですが、先ほど夫と話をして、いよいよ「note すげえ」という思いが高まってきたので筆を執りました。 心理学くらいしか知識のない、いちユーザーの視点および妄想ですが、お付き合いいただければ幸いです。 note いつやるの???? 今でしょ!!!! *** 1.インターフェース使いやすすぎ問題とにかく、まずは何を差し置いてもこれ。シンプルで分かりやすくてなんかちょっとカワイイ。 正直私は、小説とかを書いてもっと色んなプ
少数色覚プロダクトデザイナーのほうじです。 私が少数色覚だと自覚したのは10歳のときです。90年代後半でした。 まだその時はデザイナーになることを想像もしていませんでしたし、そもそもデザインというジャンルがあることも知りませんでした。なので、少数色覚であることにそこまで危機感を持っていませんでした。 ただ、絵を描くのはその頃から好きでした。絵を描いているときに色を取り違えてしまうのはストレスでした。流石に小学校高学年になる頃には人の肌を緑色で塗ることはなくなっていました
■大人にいじめられていた幼少期小学校に上がる前なのは覚えている。 多分4~6歳くらいのことである。 私は当時実家の会社の住み込みの男性従業員達からいじめを受けていた。 叩かれたり、突き飛ばされたり、蹴られたり、スカートをめくられたり、それ以上のことをされたりした(最も大きな性的被害については別の記事で書くと思う)。 いじめられる時はだいたい2、3人の複数に囲まれていて、みんな楽しそうにニヤニヤ笑っていた。 私はちっとも楽しくないので、 なぜ私をいじめて笑うのか不思議だった
緊張しいだ。 知らない人に話しかけるとき、ものすごく緊張する。心臓がバクバクして、手のひらが汗でびっしょり濡れて、手足が震える。意識が遠のきそうになることすら、ある。 電話もそう。取材許可を取るためお店に電話するときとか、頓服薬を飲んで動悸を止めてからかける。 メールなら大丈夫かと思いきや、これも緊張する。頻繁に連絡を取り合っている相手なら平気だけれど、そこまで慣れていない相手だと、やっぱり手が震える。Twitterのリプライすら、自分からしたことがない(いいねは気軽に
今日はできるだけ短くいきます。タイトルがほとんど結論なので。 主に世の中では「2000字かかりそうな内容を500字で的確に伝える文章」というのが称賛されるように思います。冗長で論旨の混濁している文章というのは読みにくいし、今の様な忙しい時代にはあまりそぐわないからです。なので、大学でも昨今では一年生には「レポートの書き方」という形で、文章におけるエコノミクスの大事さを伝えるわけです。それはそれでとても大事なことです。僕もできたら学生の文章はすらっと読みたい(本音) でも、
最近二次創作の感想文が話題になっている。 貰えた、貰えない、感想に金を払うことの善悪の是非まで話題になっている。興味深いなと色んな意見を読み漁ってみた。 そんな中で今私は「感想」の練習を始めた。タイトルには二次創作と書いたが二次創作に限らず商業作家さん含めて、最近暇を見つけては感想を送りつけている。 感想にメリットを見出すそもそも「感想を送るメリット」って何?というところから始まる。私自身も二次創作活動をしているので分かるが感想をもらう事は素直に嬉しい。大手ジャンルでもな
先日のアップデートでシャニマスのUI周りに色々と手が加えられた。 その中でも個人的に嬉しかったのは、ソートに関連するチェックボックスのON/OFFが見やすくなっていたことだ。 大多数のユーザーにとっては「まあ確かにね」くらいのものかもしれない。しかし私は「これでようやくまともにソート機能が使える」とひそかに歓喜した。一部のユーザーも共感してくれるのではないだろうか。 なぜなら私の目に映った変化は以下のようなものだったから。 チェックの光沢の有無でかろうじて判別していた
「きょうから、あたらしいちので〜す!しゅしゅっていうなまえで〜す!」 長男が初めてしゅしゅになったのは、半年くらい前。 長男を自転車の後部シートから降ろす時だった。 「しゅしゅ」という名がどこから出てきたのかは知らない。 「こんにちは、しゅしゅ。しゅしゅって、今までのちのと何が違うの?」 よく分からないけど挨拶して聞いてみた。 「しゅしゅは、あっちゃんをいじめないこなんだよ」 さらっと教えてくれた長男に、私はしばし絶句した。 * * * 3歳後半の長男「ちの」と1
本日の記事は全て無料で読めます。 最後まで読んで頂けると、とても嬉しいです。 7月も後半に差し掛かりました。紫陽花から向日葵へ。薄緑から濃緑へ。外を歩けば蝉の声がわんわんと唸っており、木陰のあちらこちらに茶色の抜け殻が見られるようになりました。 もうすぐ梅雨が明け、盛夏が訪れます。今年の夏はいつもと色々なことが変わってしまうけれど、そんななかでも楽しめるものを探し、出来る限り笑顔で過ごしたいと思う今日この頃です。 先月の定期購読マガジンの収益の半額を、いつものように児童