The Beatles 全曲解説 Vol.54 〜I’ll Be Back
密かに綴られた父親への思い… “I’ll Be Back”
『A Hard Day’s Night』13曲目(B面6曲目)。
ジョンの作品で、リードボーカルもジョンが務めます。
アルバムの最後を飾るこの曲は、前2作から打って変わって、しっとりとしたシリアスな曲調でアルバムを締めくくります。
セッションの記録を見てみると、最初は3拍子で演奏されていたのを4拍子に変更したり、エレキ編成だったのを完全アコギ編成に変えたりと、試行錯誤の跡が窺えます。
そういった制作過程に沿うように、歌詞も「If you break my heart I’ll go 僕の心を傷つけるなら出ていくよ/ But I’ll be back again でもまた戻って来るんだろう」という複雑な心情を表しています。
この歌詞は、上手くいっていない恋人に向けたもののように書かれていますが、実はジョンが自身の父親に向けて書いたものである、というのをご存知でしょうか。
当時の恋人であったシンシアが、自伝の中でそのように証言しています。
ジョンの父親、アルフレッド・レノン(以下アルフ)は、リヴァプールで商船の船員として働いていた男でした。
1938年に、ジョンの母親となるジュリア・スタンリーと結婚し、2年後に息子ジョンをもうけます。
ところが、ジョンが生まれてすぐに、アルフは理由も告げずに行方知れずとなってしまいます。
そして、養育費も何も送らないまま月日が経った1946年、今度はひょっこりと家族の元に現れ、あろうことかジョンを連れ去ろうとします。
間一髪で連れ去りを止めたジュリアでしたが、当時まだ5歳だったジョンは、父親か母親のどちらかを選ぶという、とてつもなく過酷な選択を強いられることになります。
この体験はジョンの大きなトラウマとなり、克服にはビートルズ解散後数年を待つことになります。
結局親権はジュリアが取ったものの、ジョンは厳格な叔母であるミミ・スミスの元に預けられ、孤独な少年時代を送ることとなります。
その後アルフは再び行方をくらますのですが、ビートルズのブレイク後に再び姿を現します。
それは、まさに映画『A Hard Day’s Night』の撮影中だったとのこと。
ジョンはしぶしぶアルフへ金銭的援助を約束するのですが、アルフがアメリカでレコードを出すなど、よく分からない言動も多かったことから、積極的に会うことはなかったそうです。
この時既に、ジョンにはジュリアンという息子がいましたが、ジョンがアルフとの間に感じた複雑な感情は、ジュリアンとの関係にも、暗い影を落とすことになってしまうのです。
こういったプライベートな感情が多分に盛り込まれていたのが “I’ll Be Back”。
それでも、ジョンはもうしばらく「世界を股にかけるロックスター」としての役割を強いられていくことになります。
そして、そんな喧騒から解放されてようやく、自身と向き合う余裕が出来ることになるのです。
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