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こんな人に読んでほしい「ローマ人の物語」

塩野七生先生による、壮大な歴史エッセイ「ローマ人の物語」
古代ローマの建国から終焉までを描いた全15巻(単行本。文庫版は全43巻)の大作です。

古代ローマは、西洋の源泉。
この時代を知れば、ヨーロッパの歴史や文化をより深く理解できます。

でも、興味はあるけどなかなか手が出ない…
そんな方向けに、おすすめの巻をピックアップしてご紹介します。

※ 以下、巻数は単行本(ハードカバー)によります。

西洋美術が好きな方へ 1巻「ローマは一日にして成らず」

狼に育てられた双子ロムルスとレムスと、そこから始まる王政ローマ、続く共和政の初期が描かれています。

ダヴィッドの「ホラティウス兄弟の誓い」や「サビニの女たち」、デューラーの「ルクレティアの自害」など、多くの絵画のモチーフとされているのがこの時代。

ホラティウス兄弟の誓い(ジャック=ルイ・ダヴィッド)

西洋美術が好きな方は、この巻を読めば背景がよく分かります。

なお、表紙に描かれているのは、王政を倒し、共和政を布いたルキウス・ユニウス・ブルトゥス。
「ブルータス、お前もか」で知られ、カエサルを暗殺するマルクス・ユニウス・ブルトゥスは、その末裔に当たります。


緊迫の戦争物を読みたい方へ 2巻「ハンニバル戦記」

アレクサンドロスと並び称される名将、ハンニバルの登場です。
三次にわたるポエニ戦争と、カルタゴ滅亡までが描かれます。

まず、第一次ポエニ戦争で活躍するのは、ハンニバルの父ハミルカル。
ローマを相手にシチリア島で勝利を重ねますが、海路を絶たれ、やむなく降伏を余儀なくされます。

それから約20年、ハミルカルの志を継いだハンニバルは、復讐の刃を研いでいました。
イベリア半島で第二次ポエニ戦争の端を開いたハンニバルは、前人未踏のアルプス越えを成し遂げ、イタリア半島を急襲します。

カルタゴの名将 ハンニバル・バルカ

鎧袖一触、向かうところ敵なしのハンニバル。
カンナエの戦い(カンネーの戦い)では、ローマ軍7万を相手に、6万を殲滅、残る1万を捕虜にするという、史上稀にみる勝利を挙げます。
この包囲戦術は、現代の陸軍士官学校でも教材として使われるほど。

一方、執政官をはじめ、元老院議員の多数が戦死したローマですが、百折不撓。決して諦めることはありません。
「ローマの剣」、「ローマの盾」と呼ばれた執政官を中心に、粘り強く立て直しを図ると、ついには若き英雄スキピオが、ザマの戦いでハンニバルを破るに至ります。
ここでスキピオが用いた戦術は、カンナエの戦いを再現したもの。

ハンニバルの不運は、最も優秀な弟子を敵軍に持ったことでした。


カエサルとクレオパトラを知りたい方へ 4巻・5巻「ユリウス・カエサル」

塩野先生が愛した男、カエサル。

青年期のカエサルは、栄達の機会に恵まれず、
「アレクサンドロスは、この年齢のときには世界を手に入れたのに、自分はまだ何もしていない」と嘆いたといいます。

女好きと借金癖も有名で、頭髪の薄さにも悩んでいた(なので、月桂冠をことのほか喜んだ)など、いわゆる英雄像とは異なる、人間カエサルを感じさせられます。
戦いも、連戦連勝では決してなく、危機に陥ることも度々。それでも、難局を切り開く決断力、器量の大きさは、これまで見てきたハンニバルやスキピオらと一線を画します。

ガリア戦争のカエサル(赤いトーガの人物)

「賽は投げられた」(alea jacta est)、「来た、見た、勝った」(veni, vidi, vici)などの言葉や、キケローらとともにラテン文学の黄金期を築いた文筆など、文化面の功績も見逃せません。
カエサルが定めたユリウス暦は、現在のグレゴリオ暦が制定されるまで1600年以上使われ続けたというのもすごいことです。

カエサルは王政への野心を疑われ暗殺されますが、その思想は大甥オクタウィアヌスを通じ、帝政ローマへとつながっていきます。

絨毯の中からカエサルの前へ現れるクレオパトラ

また、カエサルとその部下アントニウスと深く関わるのが、エジプト最後の女王クレオパトラ。
英雄たちと生き、そして死を選んだ彼女からも目が離せません。


「テルマエ・ロマエ」ファンの方へ 9巻「賢帝の世紀」

100年余り飛んで9巻では、五賢帝のうち、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウスの時代が描かれます。

ローマの最大版図を獲得したトラヤヌス。帝国各地をくまなく視察したハドリアヌスは、「テルマエ・ロマエ」(ヤマザキマリ著)で知られています。
いわゆる古代ローマ、ローマ帝国のイメージはこの時代でしょう。
最盛期を迎えたローマの華やかな市民生活が目に浮かぶようです。

かつての繁栄が偲ばれる

ピウス(慈悲深い)の称号で知られるアントニヌス・ピウスは、戦乱もなく平穏で幸運な治世だったとされますが、アントニヌス・ピウスが恵まれた分、次のマルクス・アウレリウスがすべての苦労を背負い込むことになった気がします。


ローマ遺跡を愛する方へ 10巻「すべての道はローマに通ず」

ほかの巻とは異なり、ローマの土木、建築などのインフラに焦点を当てています。

ローマの技術の高さは、たとえばカエサルのガリア戦争のなかでも触れられており、興味を持つ読者も多かったのでしょう。
物語性はなくとも、つい読み進めたくなる一冊です。

水道橋 ポン・デュ・ガール(フランス)

ローマを支えた街道や水道など、往時の姿を知っていれば、現代に残る遺跡に接したときの感慨もひとしおでしょう。


10巻までを読破された方へ 11巻「終わりの始まり」から

さて、ローマ史に戻って11巻は、五賢帝最後となるマルクス・アウレリウスから。
パクス・ロマーナは終わりを告げ、ローマは周辺民族との紛争に苦しみます。
国は疲弊し、マルクス・アウレリウスもまた陣中で没することとなります。

12巻から先は、ローマの衰亡と、それに抗う姿が描かれます。

皇帝の暗殺と乱立、蛮族の侵入と権威の失墜。
多神教の国ローマにキリスト教が浸透し、建国から絶やすことがなかったウェスタ神殿の聖なる火も消されました。
帝国の中心はコンスタンティノポリスに移り、そして15巻では、ついに西ローマ帝国が滅亡し、荒廃するに至ります。

西ゴート族によるローマ略奪

11巻以降、栄華を誇ったローマが苦しみ、悲鳴を上げる姿は読んでいてつらいものがあります。
愛した国家が衰退していく様は言葉になりません。

それでも、この時代のローマを知ることは、西洋史と諸芸術の源流に触れることであり、深い意義があります。
一度読めば十分ですが、まず、その一度を読んでおくことをおすすめします。


ここで取り上げなかった巻についても、それぞれに魅力と気付きがあります。

グラックス兄弟やスッラ、ポンペイウスについて知ることで、カエサルが戦った「内乱の一世紀」が深く理解できますし(3巻)、
初代皇帝アウグストゥスが拓いたパクス・ロマーナが分かれば、その後のローマの繁栄と危機がより実感できるでしょう(6巻~8巻)。

圧倒的なスケールとボリュームを誇る「ローマ人の物語」
まずは、気になった巻から、手に取ってみてください。

そして、古代ローマに興味を持ったあなた。
ぜひ1巻から、全15巻を読み進めてみてください。


最後に 「ローマ人の物語」全15巻一覧

ローマ人の物語I ―ローマは一日にして成らず―
ハンニバル戦記 ―ローマ人の物語II―
勝者の混迷 ―ローマ人の物語III―
ユリウス・カエサル ルビコン以前 ―ローマ人の物語IV―
ユリウス・カエサル ルビコン以後 ―ローマ人の物語V―

パクス・ロマーナ ―ローマ人の物語VI―
悪名高き皇帝たち ―ローマ人の物語VII―
危機と克服 ―ローマ人の物語VIII―
賢帝の世紀 ―ローマ人の物語IX―
すべての道はローマに通ず ―ローマ人の物語X―

終わりの始まり ―ローマ人の物語XI―
迷走する帝国 ―ローマ人の物語XII―
最後の努力 ―ローマ人の物語XIII―
キリストの勝利 ―ローマ人の物語XIV―
ローマ世界の終焉 ―ローマ人の物語XV―


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