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「つとめ」と「あそび」

第8章 本屋を本業から切り離す(1)

「本屋」を本業として、独立して生計を立てるのはリスクが高く、まだ踏み切れない。あるいは、そもそも本で生計を立てようと考えていない。そのような人に向けて、前章では、本業の側に「本屋」を寄せて、取り込んでいくアプローチについて書いた。

 けれどもちろん、無理やり本業に取り込む必要はない。本業とは完全に切り離して、まったく別の副業あるいはライフワークとして、個人的な「本屋」をはじめる。本章ではそのようなあり方について書いていく。

 日本では二〇〇〇年前後からしばらくの間、ブックオフを筆頭としたいわゆる新古書店が急増し、その画一的な値付けシステムの中で割安になった本を拾い、インターネットで転売するという副業が流行した。のちにAmazonのマーケットプレイスが日本でサービスを開始した後は、インターネットでの古本売買はより加速して相場も安定してきた一方、新古書店で掘り出しものが見つかりにくくなって、それを副業とする人も少なくなった。

 二〇一八年現在、本はこのような「小遣い稼ぎ」を目的とした副業には向いていない。よほどの目利きであれば別かもしれないし、ジャンルによっては海外を相手にしたビジネスもまだ残っていそうだが、その可能性を探るのは本書の目的ではない。副業でお金を稼ぐのが第一の目的であれば、本以外の商材を探したほうがよいだろう。

 稼ぐのが厳しいことはわかっている。けれど、どうしても「本屋」がやりたいから、まずは副業としてはじめる。そういう副業にしかなり得ない。その意味で、副業とライフワークとは、その時点でのスタンスの違いでしかない。いずれ本業にできればという気持ちで副業としてはじめたけれど、実際はほとんど利益が出ず、本業にすることは諦めた。けれどやること自体が楽しくなってきたので、ライフワークとしてずっと続けたい。あるいは逆に、あくまでライフワークのつもりで、利益は出ない前提ではじめたけれど、結果的に少し利益が出てしまった。会社に言わずにはじめてしまったので、税金も支払わなければならないし、どうすべきか悩んでいる。どちらもよくあることだ。利益は当面できるだけ求めず、継続のために必要であればそのごく最低限だけを目標に、あとは結果的についてくれば儲けもの、くらいに考えておくほうが精神衛生上もよいだろう。

 江戸時代の日本において、仕事にはお金を稼ぐ「かせぎ」と、社会のために務める「つとめ」のふたつがあり、それぞれだけでは半人前、両方できてこそ一人前といわれたという。現代においては仕事といえば「かせぎ」だけを考える人も多いだろうが、自分を生かしてくれている社会、この世界に対する「つとめ」を果たすことは生きるびになる。お金が稼げなくても、稼いだお金を使ってもいい。週に数日、短い時間だけでも、「本」のおもしろさを、より多くの人に伝える「本屋」になりたい。「かせぎ」としての本業のかたわら、自発的に行うそのような「本屋」は、現代の「つとめ」であるといえるかもしれない。

 一方、そうした使命感からではなく、単なる個人的な「あそび」として「本屋」になるのもよい。とにかく、本は遊びやすい。無限とも思えるバリエーションがあり、あらゆるものと相性がいい。小さくて軽くて、値段も安い。そして、本を介して人とコミュニケーションをすることはそれだけで楽しい。ならば、収益はいったん度外視して考えるのがよい。商売にしている人には手間がかかりすぎてとても真似できないようなことをすれば、誰も経験したことのない本と人との出会いの形を生み出すことができる。

「かせぎ」としての本業とは切り離した、「つとめ」あるいは「あそび」としての「本屋」。それがどんなに小さな活動であれ、「本屋」が増えることは結果的に「本」の世界を豊かにする。

※『これからの本屋読本』P284-286より転載


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ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。新刊書店「本屋B&B」(東京・下北沢)と出版社「NUMABOOKS」を経営しつつ、「八戸ブックセンター」「神保町ブックセンター」「BIBLIOPHILIC」などの仕事をしています。散歩社取締役、バリューブックス社外取締役も。
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