問いを立てる力
第2章 本は定義できない (11)
続いて、今度はまた少しだけ未来を眺めることにすると、この五年で見られる変化と言えば、AI(人工知能)ということばが、いよいよ人々の日常に、実用品という形で入ってきたことだろう。
AIの主要な技術のひとつに、音声認識がある。実はその分野においても、二〇一八年現在トップを走っているのはAmazonだ。二〇一四年末に米国で発売されたAmazon Echoは、Alexaと呼ばれるAmazonのAIアシスタントを使うための端末であり、机の上などに置いて話しかけて使う。スマートスピーカーと呼ばれ、各社が開発をすすめている。日本では二〇一七年末、Google Homeを皮切りに、Amazon EchoやLINEのclova WAVEなどが相次いで発売を開始した(AppleのHomePodは、日本での発売は未定)。話しかけるだけで、検索やニュースの読み上げ、音楽の再生はもちろん、ピザやタクシーの注文まで、これまでパソコンやスマートフォンを介して行っていたちょっとしたことが叶う。
ケリーは、「クラウドに対して普段の会話の調子でどんな質問でもできる世界がすぐにでも来るだろう」と書いたうえで、次のように述べる。
良い質問とは、マシンが最後までできないかもしれないものだ。
良い質問とは、人間だからこそできるものだ。
(……)
事実や秩序、答えはこれからも常に必要だし有用だ。それらが消え去ることはないし、実際には微生物やコンクリートのようにわれわれの文明の多くを支え続けるだろう。しかしわれわれの生活やテクノロジーにおいて最も大切な側面――最もダイナミックで最も価値があり、最も生産的な面は新たなフロンティアにあり、そこでは不確かさやカオス、流動性や質問の数々が広がっているのだ。答えを生み出すテクノロジーはずっと必要不可欠なままであり、おかげで答えはどこにでもあり、すぐに得られ、信頼できて、ほぼ無料になる。しかし、質問を生み出すことを助けるテクノロジーは、もっと価値のあるものになる。
ケヴィン・ケリー『〈インターネット〉の次に来るもの』(NHK出版、二〇一六)三八一~三八二頁
これまで出版されたすべての本、インターネット上にアップロードされたすべての情報、その他あらゆるコンテンツとコミュニケーションをAIが飲み込んだとき、あらゆる「問い」に対する「答え」の精度はより正確になっていくはずだ。未来学者のレイ・カーツワイルは、いずれ人間の限界をAIが超えるときのことを「シンギュラリティ(技術的特異点)」と名付けた。
けれどケリーは「最後にはAIが神のような知恵を持って存在する問題すべてを解けるところまで到達してしまい、人類を置き去りにする」ような「強いシンギュラリティー」のシナリオは起こらないという立場をとっている(同、三九〇頁)。あくまでAIと人間は「複雑な相互依存」へと向かっていくだけだ。たしかにその変化は、いまの人間の理解を超えたものとなるかもしれない。けれど、どれだけ「答え」がAIから導き出されても、それを超える「問い」を持つのが人間である、とケリーは考える。
どんな未来が訪れるかはわからない。けれど、これから未来に向かってAIがどんどん発達し、あらゆる「答え」を「すぐに得られ、信頼できて、ほぼ無料」で導き出すようになるとして、それでも人間が本を読むべきだとすると、そのときの本とは「問い」を立てる力を養うものであるはずだ。
どのような本が「問い」を立てる力を養うかは、意見が分かれるだろう。これまでぼくたちは、何かわからないことや困ったことなどの「問い」があると、ときに「答え」を本に求めてきた。いまは、少なくともことばの意味や冠婚葬祭のマナーなど、シンプルな「答え」が存在するものについては、キーボードでタイプするまでもなく、Alexaに訊けばすぐにわかる。けれどその「問い」が一筋縄では「答え」が出ないものであればあるほど、本に書かれた「答え」らしきものが、また次の「問い」を生む。江戸時代の例に戻れば、「草紙屋」が扱うのは実用や娯楽といった欲望に対する「答え」であり、「物之本屋」が扱う学問や教養といったものは次の「問い」を生みやすい、ともいえるかもしれない。とはいえ「質問を生み出すことを助けるテクノロジー」が、どんどんより高度な「問い」に答えるようになるのも間違いない。
けれど少なくとも、「本とは、問いを立てる力を養うものである」と定義してみることは、本が未来の人間にとっても必要なものであり続ける、その可能性につながっている。
そう遠くない将来、ケリーが言うように「世界のすべての本が一つの流動的な構築物になり、言葉やアイデアを相互につなぐようになる」とする。目の前のAlexaに訊けば、そこからなんでも「答え」を検索してくれる。そのときぼくたちは、そもそも何を話しかけるのか。話しかけることば、すなわち「問い」を生むのが本であると考えるのは、これからの時代の本屋にとって、悪くない定義のように思える。
※『これからの本屋読本』(NHK出版)P80-83より転載
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