これからの

物之本と草紙

第2章 本は定義できない (10)

 けれどこのままでは、インターネット上にあるものどころか、この世に存在するすべてが本である、という結論に至りかねない。もう一度「本らしさ」に立ち返るべく、また歴史に戻ってみよう。

 先にラテン語の「本(liber)」や古代ギリシア語の「本(biblion)」の例を引いたが、それでは日本語の「本」ということばは、そもそもいつ頃から、どのように使われてきたのだろうか。

書物のことを「本」というのは古いことでなく、確実なのは江戸時代からである。(……)仏書・漢籍など教養書は物之本といい、娯楽性の高いものは草紙あるいは双紙(合わせて草双紙ともいう)と呼ばれていたのである。

橋口侯之介『和本入門』(平凡社、二〇一一)六七頁

 現代で「本」というひとつのことばで指しているものは、江戸時代には「物之本」と「草紙」にわかれていたという。それらは、扱う店も違った。

十七世紀まで硬派の書物を「物之本」といって、「書物屋」とか「物之本屋」と呼ばれた店が取り扱った。一般にただ本屋といったら、この物之本屋のことだった。書肆とか書林というときも同様である。書物問屋ともいった。
 それに対して、十八世紀後半からは、エンターテインメントの要素が強い本や実用的な本が「草紙屋」と呼ばれる別の本屋から売られるようになった。江戸では「地本問屋」といった。そこでは、小説のほかに絵本、洒落とか滑稽といった遊びの本、さらに往来物といって寺子屋などで読み書きを習得するための教科書もたくさんできた。

橋口侯之介『江戸の本屋と本づくり――続 和本入門』(平凡社、二〇一一)五五~五六頁

 いま、出版流通に大量の部数が乗るような本は、「エンターテインメントの要素が強い本や実用的な本」、すなわち江戸時代でいうところの「草紙」が圧倒的に多い。大手出版社の売上を支えるコミックや、エンターテインメント小説、ライトノベルなどのジャンルは「草紙」にあたる。ビジネス書や自己啓発書も「実用」のための本であるから、現代の「草紙」であるといえるだろう。

 一方の「物之本」は、現代のジャンルでいうと人文・社会科学や自然科学などを指す。いわゆる純文学と呼ばれるものもこちらに含まれるだろう。どちらかといえば、大型書店チェーンなどでは年々、売り場面積を減らされる傾向にある種類の本だ。

 いま、ひと口に「本」といったとき、最初に思い浮かべるのはどちらだろうか。これは人によって異なるはずだ。より「草紙」的な、娯楽や実用に近いものをイメージする人もいれば、より「物之本」的な、学問や教養に近いものを思い浮かべる人もいるだろう。互いに「本好き」であると紹介されて会った二人が、片方は一日一冊ビジネス書を読破するような人で、片方は気に入った人文書や海外文学をじっくり精読するような人で、全然話がかみ合わないというようなことは、よくある話だ。

 自分が、何をより「本らしい」と感じるか。たとえば「物之本」と「草紙」という分け方によって、傾向のようなものが見えてくるかもしれない。

※『これからの本屋読本』(NHK出版)P77-80より転載


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ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。新刊書店「本屋B&B」(東京・下北沢)と出版社「NUMABOOKS」を経営しつつ、「八戸ブックセンター」「神保町ブックセンター」「BIBLIOPHILIC」などの仕事をしています。散歩社取締役、バリューブックス社外取締役も。
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