これからの

生計を立てなくても本屋

第3章 本屋になるとはどういうことか (4) 

 一方で、ぼくは「本屋」になりたい人に対して、まずは副業として、あるいは収益を目的とせずにライフワークとして楽しむという考え方も、積極的に広めていきたいと思っている。

 本が好きな人にとって、「本をそろえて売買する」ことは楽しいし、「本を専門として」生きていくことは幸せだ。その楽しさや幸せを享受することと、生活のためのお金を稼ぐことは、必ずしも同じ営みによって満たさなくてもよい。

 たとえば昼間は全く違う仕事をして、夜や土日の時間を使って「本屋」としての活動をする。「本をそろえて売買する」だけなら、誰かの店を間借りしてもいいし、フリーマーケットや一箱古本市などに出るのもいい。本を紹介するブログをやっている人も、ボランティアで読み聞かせをしている人も、みなその時間は「本を専門としている」と言える。

 そういう活動を「そんなものは、仕事ではなく遊びだ」という人もいるかもしれない。けれど大手書店チェーンでさえ、鉄道会社や印刷会社が親会社だったり、全く別の事業を手掛けていたりしながら、店で雑貨を売ったり、カフェを併設したりしている。果たして、書店業を成り立たせるためにカフェを併設することと、昼間はカフェで働き週末に「本屋」としての活動をすることとに、前者は立派な「仕事」で、後者は単なる「遊び」だと揶揄されるほどの差があるだろうか。それらは異なる営みではあるが、店の空間を分割するか、個人の時間を分割するかの違いでしかないとも言える。

 また、「本をそろえて売買する」ことや「本を専門としている」ことを通じて、利益を出すことを第一義としてしまうと、やりたかったことと相反することも起こる。たとえば本来は専門ではなかったり、扱いたくないと感じる内容の本を、利益のためにやむを得ず売るようなことだ。けれど本で生計を立てなくてよいのであれば、そうしたことも起こらない。自分が本当に揃えたいもの、専門としたいものだけを扱えばよい。むしろ副業やライフワークとしてやっている「本屋」のほうが結果的に、純粋に扱いたいものだけを扱いやすいという逆転が起こる。

 これは「本屋」に限った話ではない。この世界に存在するあらゆるモノやサービスを見渡して、ひとつずつ確認してみると、その多くが営利を第一としてつくられているとわかる。それらを生み出している主体においては、どんなに面白い企画でも、利益を生まなければ実現されない。すなわち逆に考えると、利益を生まなくてもよいと決めたとたん、実現できる企画の幅は圧倒的に広がる。むしろ割り切ったほうが、無名でも人から注目されるような、面白い企画を生みだしやすい。ぼくはそうした活動を「お金をもらわない仕事」と名づけて、二十代のころから並行して続けてきた(そのあたりは二〇〇九年に上梓した初めての単著『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』〔朝日新聞出版〕に詳しく書いた)。

 一方で、どんな企業の中にも直接的に収益を上げない部門はあり、その中には広義の「本屋」と呼べるような活動も多くみられる。宣伝や営業ツールを兼ねた本を出版したり、広報誌を発行して顧客に配ったり、本のある空間を社内につくり、それを社員教育や社員同士のコミュニケーションの活性化のツールとしたり、ブランディングのためにその空間を社外にまで開放して活用したり、といったようなことだ。扱う商品によっては、宣伝プロモーションの一環として書店と組んだり、自社で書店を運営してしまったりするような例もある。

 だから、いま会社勤めをしていて、漠然と「本屋」になりたいと考えている人には、いきなり会社を辞めて独立開業を目指す前に、まずは平日の勤務時間外の時間や休日をつかってできることや、自分が勤めている会社の中でできることで、小さくはじめられることがないか、検討してみることを勧める。そのほうがリスクが小さいだけでなく、利益を度外視することで、注目される企画になりやすい。最初はあくまで副業としてはじめて、軌道に乗ってきたら本業にするということでもよいし、最初からビジネスは目的とせずに、ライフワークとしてやりたいことを徹底的にやるのでもよい。

 そういう、リスクの小さな本屋が増えることは、本人にとってだけではなく、豊かな「本」の未来をつくっていくために必要なことだと、ぼくは考えている。

 とくにいわゆる出版業界、出版社や取次や書店などを経営していたり勤務していたりする人の中には、折に触れて「本の仕事は儲からない」と愚痴を言い、若い人が「本屋」になりたいなどと言うと、「本屋など未来がないからやめておけ」と自嘲気味にアドバイスする人がいる。そういう行為こそが、「本」の未来の可能性を潰している。「本をそろえて売買する人」や「本を専門としている人」がいなくなれば、それこそ「本」はどんどん弱っていってしまうだけだからだ。

 いま自発的に「本」に関わろうとする人の多くは、程度の差はあれ、ビジネスとして厳しいことはある程度自覚した上で、それでも「本屋」のことを考えている。そんな人が目の前にいるとき、むしろじっくりと話を聞き、考えうる限りの選択肢を示すことこそ、本に関わる仕事をしている人間のすべきことだ。それを明示することも、本書の目的のひとつである。

 どう「本屋」を人生に取り入れるか。やや大げさかもしれないけれど、それを前向きに考え、実践する人が増えることは、バリエーション豊かな「本屋」を生むことになり、結果的に「本」を愛する人に返ってくるはずだ。

※『これからの本屋読本』(NHK出版)P96-P99より転載


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