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掛け算とは何か

第6章 本屋と掛け算する(1)

 本屋をやろうというのだから、もちろん本を売りたい。けれど、本の売上だけで利益を出し続けるのは大変だ。本の他にも収入源があるに越したことはない。

 ぼくのやっている「本屋B&B」は、二〇一二年のオープン以来毎日欠かさず、トークイベントを開催しているのが特徴だ。ビールをはじめとするドリンクを出して、雑貨や家具も販売し、朝には英会話教室もやっている。移転後にはギャラリーも併設した。

 これらはただの「足し合わせ」ではなく、相乗効果を生み出しているので「掛け合わせ」になっているといえる。たとえば、実際に「本屋B&B」では、イベントの集客のよい日であればあるほど、ビールだけでなく、本も売上が高くなる。

 本屋を継続していきたい。だからこそ、そこに何か別のものを掛け合わせる。できれば同じ広さのまま、できれば最小限の人数で、それも収入源のひとつにする。複数の収入源があれば、何かひとつの要素が傾いてきても、別の何かで補うことができ、継続しやすくなる。そのことで、本屋自体の価値を高めることを志向する。

 本屋なのに、本以外のものを扱うなんて、邪道だと思う人もいるかもしれない。

「あそこまでいくと、もはや本屋ではない」という一線も、どこかには感じるだろう。けれどその境目は、「本」の定義と同様、人によって違っている。本章ではできるだけ「本屋」を広く捉え、その継続のために本以外を扱うアプローチについて、なるべく多くの考え方のバリエーションを提示したい。

 私はコーヒーやケーキを売る本屋に行ったことがあるし、タイ料理屋を兼ねている本屋だって知っている。また、人生に絶望した人の相談所として機能しているとおぼしき店に出くわしたこともある。いまのご時世、繁盛する本屋になるためには、本を売る以外のこともいろいろやらなければならないというのが一般的な考え方だ。それでも、私が本屋に求めたいものといえばやっぱり、本そのものに対する情熱なのだ。それも、入口に立って熱心に客を呼び込むという類のものではなく、ほかの店にはない品揃えにするとか、自分の感性と信念を通じて本の世界を表現するという形で表れる情熱である。

ヘンリー・ヒッチングズ編
『この星の忘れられない本屋の話』(ポプラ社、二〇一七)一七頁

 もちろん、「本そのものに対する情熱」があるひとであればあるほど、「本を売る以外のこと」など考えたくないかもしれない。客のほうも、できることなら本だけを扱っていてほしいと感じるかもしれない。けれど、「本を売る以外のこと」について考えることと「本そのものに対する情熱」とは矛盾しない。どちらも同時に持つことができる。むしろ、情熱をもって本を扱い続けるためにこそ、本以外のものを扱うことを積極的に検討すべきだ。

 そもそも本だけを売ることにこだわっていたら、売上が傾いてくれば、売りたくない本も売らなければならない。売りたいと思える本だけを売るためにこそ、本以外のものも売る。逆説的ではあるが、本以外のもので少しでも収益を安定させることができれば、不本意な本を売ることなく、売りたい本を売ることに集中できるともいえる。

 本を選ぶことに三倍の手間をかけても、なかなか本だけで三倍の利益は上がらない。けれど、三倍の手間をかけて選び抜いた本が並ぶ空間には、他にはない別の魅力が生まれる。「掛け算」は、その空間のもつ魅力を、違った形で収益に変える可能性を模索することでもある。

 ただし「掛け算」は、必ずしも直接的な収益を目的とするものだけではない。たとえば、前章で述べた「誠光社」でも、トークイベントを頻繁に開催しているが、収益をそれほど目的とせず、あくまで「本屋の広告のつもりで」やっているという。

「本そのものに対する情熱」を携えながら、すべてが必ずしも直接に収益を生まなくとも、全体として、理想とする形で本屋を続けることを目指し、扱うものを本以外にも拡張していくこと。それを本書ではひろく「掛け算」と呼ぶ。本を並べているだけで飛ぶように売れていた時代が過ぎ去った以上、これからの本屋は多かれ少なかれ「掛け算」をしていくことになる、とぼくは考えている。

※『これからの本屋読本』(NHK出版)P202-P204より転載


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ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。新刊書店「本屋B&B」(東京・下北沢)と出版社「NUMABOOKS」を経営しつつ、「八戸ブックセンター」「神保町ブックセンター」「BIBLIOPHILIC」などの仕事をしています。散歩社取締役、バリューブックス社外取締役も。
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