「健康」というのは自分が思っているよりも ずっと、貴重なものだったのかもしれない と、ここ数年痛感する 二十歳を超えてからここ数年、 コロナウイルスの後遺症やうつ病など 何かしらの病気にかかって、 胸を張って健康だと言える期間が 全くと言っていいほど、無い 運が悪かったと言えばそれまでなのだが それで、片づけられるほど 私はできた人間ではない どうして自分だけが、どうして自分ばかり そう考える事もたくさんある かと言って、どうしようもないことも理解し
人生は思った通りに行かない そんな風に出来ている しかし、 そこで踏みとどまったり 逆に退かないと 欲しいものは手に入らない 思った通りの”過程”で”結果”を得ても 思った通りの”過程”ではない状態で”結果”を得ても どちらも”結果”はそこまで変わらないと思う そう考えると人生は、ある意味 思った通りに行っているのかもしれない 今、投げだしたい人は 過程”も”欲しいのか 結果”が”欲しいのか 一体どちらなのかを今一度考えてみて欲しい
今日はあまり熟睡出来なかった 何故だろう? ときどき、こういう事が起こる あなたはこんな経験がないだろうか? 一体何なのだろう、この現象は 特段、何か問題があるわけでもない それなのに 寝られない 数日前から睡眠時間を増やそうと、 時間を確保していたのだが このタイミングでの睡眠障害は、 逆に狙っているとしか思えない 本当に不愉快極まりない クソっタレ と、愚痴はこのくらいにして 「人間そんなときもあるだろう」 このくらいの気持ちで過ごすのが
ここ数日、できる限り8時間睡眠をとっている 途中で起きても関係なく、質より量を重視している きっかけは、睡眠の研究をしている学者が 「睡眠は睡眠は質より量を先に確保しろ」 と、言っている動画をみたのがきっかけだ 私は、ここ10年大体6時間強の睡眠で活動していた が、動画を見ている最中 ふと、昔を思い返してみると8時間以上寝ていた時期もある その時期とは、小学生時代だ あの時のバイタリティといったらすごいもので 今では考えられないくらい、元気かつポジティブだ
他人のことを考えて行動する 日本にいる以上、よく耳にする言葉 私はこの言葉に対して、疑問を持つことがたまにある 人のためと言いつつ本質は結局、自分のために行動している このような出来事が、今までの人生結構あった 例えば、何かアドバイスをしたとする 当の本人は相手のためを思って言っているはずだ しかし、アドバイスを拒否された途端、 機嫌が悪くなる人間がときどきいる 相手にもそれぞれ考えがあるのだから、拒否されることもあるだろう そもそも、100%正しいアドバ
規則正しい生活 よく食べ、よく動き、よく眠る 今の時代でこれをやろうとすると、結構難しい 私はそう思うのだ 現代には誘惑が多すぎる よく食べるには、加工食品ばかりでなく、 きちんと素材から調理して作るべきだし よく動くには、忙しい合間を縫って時間を作らなきゃいけない 人によってはコストもかかる よく眠るには、スマホなどの端末はできる限り避けた方が良い では、これらを実際に 全て行動に移せている人間はどれだけいるのだろうか? 少なくとも、私は実行できてい
私は、日々の習慣に散歩と瞑想を主に取り入れています この二つを習慣化してから、体調が回復しつつあります もちろん、他にも要因はあると思いますが、 この小さな積み重ねが、意外と大事なのかも と、実感しています 私は、一度体を壊しているので、 健康でいることの大切さを人より分かっているつもりです そんな自分だからこそあえて声を大きくして言います みんな、散歩と瞑想をしよう 特に、心身を壊した人に効果ありです 騙されたと思ってやってみてください 日光を浴びなが
暑い 本当に暑い まだ夏本番というわけでもない しかし、暑い 日光が日を追うごとにに強くなっていくのを肌で感じる 夏は嫌いだ 冬は着込めば外に出れる では、夏はどうだ? 正直、全裸になっても暑いと思う 私が小さい頃はここまで、気温が高くなかったような気もする 今時、夏場に進んで外出する人はいるのだろうか 否 居ないはずだ そうに違いない あぁ、本当に暑い 早く、冬になってくれ ※こちらもよろしくお願いします
お前はいつまで、他人と比べてる? 他者評価に依存してない? そんなことだから、お前はいつまでたっても不幸なんだって もっと自分を持てよ 自己評価で自分の価値を判断しろ 確かな客観性を持て ネットが普及している以上、他者の評価を気にするのは仕方ない けど、 「変な奴だと思われるから」、「粋がってると思われるから」 顏も名前も知らない人間の感情に振り回されたまま お前は一生を終えていいのか? しかも、一時の感情だぞ くだらない反応を返して、その後は何事もな
お前は近い将来、どんな人間になりたい? カッコいい、かわいい、綺麗、金持ち、心が広い、愛情深いetc… 人間の数だけなりたい自分像があると思う じゃあそのためにはどうするのか? 答えは一つ 行動することだ 実際に動け、頭を働かせるでもいい 何かをしようとしなければ、願望は願望のままで終わる 自分には力が無い、能力が無い、臆病だから、病気・障害があるから、 トラウマがあるから、性格が卑屈だから 人は壁が高く分厚いほどやらない理由を探そうとする は? やれ
私は、日常生活の中で何かをする、しようとしたとき 複数の自分がいるときがある もっとこうしたい、もうやりたくない、失敗したら嫌だ、怖い、自分を高めたい、一体何のためにやっているのかetc… こんな感じで多重人格かと思えるほど、 違う感情、考えを持つ「自分」という意識が存在している その時々によって、意識の比率は変わってくるが 基本的にいなくなることは無い この意識が上手く働いたり、逆に足を引っ張ったり様々だ この複数意識の存在に気付いたのは10代の頃だ 最初
人生とは可変と不変のバランスが大事だと考えている 人間、生きていく中で様々な経験をして 「自分」という存在が大きくなる 価値観や知識、身体的成長など色んなものが変化する そんな中で変える必要のあるモノと変える必要が無いモノ 大まかにこの二つに分けられると個人的には考えている 年齢を重ねていくにつれて、 新しい物事に対して謎に否定的に捉えたり、 自分の築き上げたものが崩れるのを恐れたり こういった事が増えたような気がする しかし、そこで踏みとどまってしまって
最近気づいたのだが 私は嫌な記憶を、無意識のうちに反芻する癖があるらしい 人間生きていれば、トラウマの一つや二つ生まれることもあるだろう しかし、私が今問題視しているのは、 そのトラウマが原因で、 あらゆる場面で必要以上に、行動やマインドに制限が掛かっていることだ トラウマは時間が解決してくれるというが、反芻していては意味が無い これからの生活では反芻しないように気を付けようと思う と、 言葉にするのは簡単だが、実際は難しいだろう それでも少しずつ、前に進
昨日晴れたと思ったら、また降っている 最近、天気が不安定だ 自分は、天気にその日の体調を左右されるタイプではない が、こう不安定だと流石に気分は少し沈む 暑いのは嫌いだが、湿度が高すぎるのも問題である あぁ、早く晴れてくれ
今日は、部屋が明るい 雨が止んだのか カーテンを開けると太陽の光が目に差し込む 大して時間が経ってないのに、なんだか懐かしい 不思議と穏やかな気分になる やはり、日光は大事 そう思った一日 ※こちらもよろしくお願いします
朝起きると、部屋が薄暗い 雨粒が屋根に当たる音がする 今日も雨だ 流石に日をまたいで雨が降るのは少し困る 雨の日は何となく気分が落ち込む 人によっては頭痛がしたりするらしい やっぱり適度に日を浴びるのって大事なんだろうな 明日が晴れることを願うばかりの一日