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《第一巻》侍従と女官 22 ふじはらの物語り   原本

お上は、こう切り出された。

「実のところ、すでに宮中に居りますところの者で、その任に当たるについて、私が適当であると覚えまする女性(にょしょう)がございます。」

皇太后様は、おそるおそるお上にその者について問いただされた。

お上は、答えて曰く、

「藤原大納言某(なにがし)が娘でございます。」

皇太后様は、暫くの間、遠望するかのごとく、頭の中でその者の顔を探し求めた。

“そうそう、この間、宮中に上がったばかりの更衣ではないか。それもまだ年の端も行かぬ。

通例の尚侍であれば、別に問題とするに及ばない。けれども、この度は、些少なりとも、お上におかせられては、実務上のこともその者にお委(ゆだ)ね遊ばすお考えのようであれば、どのような風の吹き回しによるのであろうや。”

お上は、語を継がれた。

「かの者は、年若ながら教養があり、かつ、聡明にして、何よりも、目下の者に対して慈愛深く、また、私に対しまして、ほかに似ず、忌憚のない物言いにより忠勤に励みおります。

今現在、尚侍に任ずるに足ると思われる者は、かの者を除いては、到底望むべくもなければ、この案件は差し迫ったものでもあるゆえに、早急に、かの者をこの任に就かせとうございます。」

皇太后様は、お上のこの語り口に、少々気圧(けお)されておいでであった。

とにかく、皇太后様は、お上の意中の人物が、いや、その出自が“意外である”とお思いであったのである。

皇太后様は、お上に向かって、優しくお声懸けになったのである。

「さように、お上におかせられては、ご叡慮を恙のうお巡らせになっておられる上は、この私も、是非とも、藤原大納言家の娘の人となりを改めて見窮めた上で、早急に、お上のご意向に沿い得るよう善処致しましょう。」

この皇太后様のお言葉に、何度も、お上は深々と御(おん)礼申し上げられた後、多少晴れ晴れとしたご様子で、皇太后宮(こうたいごうぐう)をご退出遊ばしたのである。

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