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小説 ふじはらの物語り Ⅰ 《侍従と女官》 28 原本

お上は、皇太后様と閑院左大臣から、藤原大納言某の娘が更衣より尚侍に昇格するにつき内諾をお受けになるや、天にも上るお心持ちでいらっしゃった。

そして、お気持ちの高ぶりがやや収まって来た頃合いを見計らわれて、更衣、及び、例の二人の女房などを清涼殿に特にお呼び出し給わったのである。



更衣、及び、二人の女房が、清涼殿のよく磨かれた板敷の上をまるで天女のごとく、お上のお側近くにまで進み寄る。


すでに三人もろともに対してお気をお許しであるお上は、朗らかに彼女達の到着をお受け入れになった。


今回のお招きについて、予め『どのようなお遊び、または、ご学問を皆でなさろう』とのご沙汰が更衣のほうにもたらされていなかった故、三人は、これを“常ならず”と感じていた。



「この度、皆にここまで来てもらったのは、ほかならない余のそなたらに対するある願いを皆に聞き届けてもらいたい、と思ったからである。」

そうお上がお語りになったことを三人は畏れ多く勿体ないと偏(ひとえ)に恐縮しつつ、“一体何のお話しであろうや”と少々不安を覚えたのである。


お上の申されたことは次の通りである。

“現下、内侍司において尚侍が不在であるのは甚(はなは)だ不都合であり、これをこのまま捨て置くことは余にとって失政となり得、非常に遺憾である。

されば、早急にその適任者を探し求め、彼女をしてその職に就かしめたく存ずるところ、これに最適と覚しきは藤原大納言某の娘、すなわち更衣のみであって、これは多少古例に反するが、二の足を踏んで何の手立てを講じないよりは余程善事である”と、お上はお考えの由(よし)。

また、この叡慮については、皇太后様、並びに、閑院左大臣、つまり、関白の内諾を得ている故、誰憚ることのない話しである。

“更衣にあっては、余の心中を察して、どうかこの願いを受け入れてほしい。”

そのためには、ご自分が万般の後ろだてとなる故、安心してその職に就いてほしい。

“この職は全くの名誉職と受けとめるべきものにはあらざるが、更衣の実務は限定的であり、俯瞰的である。ただ、更衣の善良な精神で内侍司を常に導いてほしいのである。

また、尚侍をよく輔佐し得る者として、新たに二人、掌侍(ないしのじょう)*に任ずるべき者どもが居る。それは更衣の再側近である二人の女房にほかならない。”

*内侍司の三等官


そして、更衣、及び、二人の女房の教養の深さ、また、良質な品性などにつき、お上は息つぐ暇もなく熱くお語りになったのである。

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