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小説 ふじはらの物語り Ⅱ 《陸奥》 61 原本

「萌野(もえの)はどうしますの。お父様。」

権守の邸における居間でのある団欒の一時(ひととき)、彼の娘が単刀直入に切り出した。

そこには、権守、奥方、嫡男、姫、次男、萌野、その母がおり、また、後方には、家人が男女して控えていた。

姫のその言葉の意味するところを解せない者は、その中に少なくとも二人いた。

それは萌野と次男であった。



萌野は権守の家族が、そして、家人達がその内京(みやこ)に引き上げるであろうことを知り、子供ながら、彼女なりに大いなる衝撃、そして、前以ての喪失感に苛(さいな)まれた。

それが子供ながらであり、また、彼女が同年代の者達に比して、世間というものを多少かじってもいること先んずればこそ、余計に深刻度が二重三重(にじゅうさんじゅう)であったとも言える。


先に権守の姫が切り出した時には、奥方が話しを砕いたり、ややぼやかしたりし、また、殿もはっきりとしたところをよく話さなかったけれども、後日、彼は、その存念を刀自に告げ、この件につきよく考えてほしいこと、つまり、善処してほしいことをも言い添えた。


正直なところ、姫のあの言葉は、権守、そして、奥方にとって非常に絶妙な合いの手であったのである。



藤原広懐の寡婦とその遺児、萌野はその頃、例の納屋暮らしから足を洗ってすでに久しかった。

かの大災害のあった年から後、陸奥国の情勢が安きを得出した折に、陸奥介、つまり、現陸奥権守の邸では、母屋とは別に家人達の住居を増築する運びとなった。

その理由の一つは、彼の邸で家人の数が増加したためであった。

その際、刀自とその娘の住居分は特に設(しつら)えがほかに異なるよう指示があった。

新造なった建物を前にし、皆が気持ちを一新する折に、陸奥介の次男ばかりはむつかった。

なぜなら、夜分二人と棟を別にしなければならなかったからであった。

その分、昼間、彼は、二人が自分達の居間にいる時、よくそこに出入りするのであったものである。

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