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小説 ふじはらの物語り Ⅱ 《陸奥》 32 原本

陸奥介は、一歩また一歩と官舎から自身の邸に向けて歩を進めるに際し、それを人生で最も重労働なことであろうとする思いを深めるのであった。

その影もまた、重苦しい感じを十分に孕(はら)んでいた。


藤原広懐なる傑物の話しもさりながら、陸奥介は、かの者を巡る周囲の人物についても、まさに目を見張るような思いがするのであった。

特にその時は、あの下役の者について幾度(いくたび)も感慨を深めるといったことから中々抜けきれないでいた。

”あれほど、広懐の人生と人となりとに感情移入できるというのは、あの者自身何か己が人生をそれなりに内省せざるを得ないことでもなければ…。”

また、“さすがに京(みやこ)育ちであるのか、色恋についてもすみに置きがたい感性を備えている”とも。

陸奥介は、陳腐な言いようだとしても、“人というのは、何とも奥深いものである”と、改めて思うのであった。



ようやく、陸奥介は妻と子供達、そして、家人達の集う我が邸に到り着いたのである。

いまだ戸口に差し掛かる手前でふと目にした、家屋から漏れ出る黄色い明かりの実に神々しいことは、何とも筆舌に尽くしがたく彼には思われたのである。

そして、その中には、今では広懐殿の寡婦、そして、遺児が加わっており、あの神々しさの源泉として十二分に効果を発揮していたのであった。

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