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《第一巻》侍従と女官 25 ふじはらの物語り   原本

皇太后様の御前における更衣の振る舞いは、その見た目の好印象を裏付けるに止(とど)まらず、皇太后様が気がかりに思われていたところを大方取り除いた。

“いつぞやは形ばかりの初めての謁見であり、かくも品性良好な者が後宮に到来したなど、今の今まで知らないでおった”と、皇太后様は感じ入っておられたのである。

そしてまた、皇太后様は、更衣の取り巻きの中でも、特に二人の者にご注目になった。

一人は、“どう見ても更衣の後ろ見”である。

“この落ち着き払った様は、後宮においてほかに見当たらないほどである。”

だからと言って、“根暗でもなく、テキパキと更衣の身の回りのことを宰(つかさど)っているし、笑みさえ適宜に洩らしもする。実に自然に。”

皇太后様は、これを、ご自分の人生経験から、その者の過去に「当たりをつけられ」もし、また、その教養の深さなどをご推察になってもいらした。

そして、そのような者が、うら若い更衣に誠心誠意お仕えする様を非常に好ましくお感じになったのである。

皇太后様と更衣とのご会話の中では、特に、彼女が尚侍の職務にふさわしいかどうか、についての具体的なやりとりは見られなかった。

それはつまり、どれほど彼女が真名の道に長けているかについてである。

実際、皇太后様にしても、よくそれを監査し得るほどでおありでないわけであるが。

その点について、皇太后様は、お上をご信頼申し上げておられた。

ただ、皇太后様は、更衣の『素地』を確認なさりたかったのである。

そして、皇太后様は、更衣の後ろ見に当たるであろう女房の人となりを心密かにご称賛になりつつ、“かくなる女性(にょしょう)にかしずかれておる内は、更衣の今現在がたとえ覚束(おぼつか)ないものであろうと、その行く末は必ずや重畳であろう”、とお思いになった。

また、皇太后様は、更衣よりも幾分年若な女房をお見留めになり、これにより、彼女(更衣)が雅量があり、また、心の優しい者であることをお知りになったのである。

その女房は、見た目が日頃目にする者どもとは何かが違っていた。

かくなる者を身内に抱えるというのは「一つの洒落である」が、それを超えた親近感が二人の間には見られたのである。

そして、この二人の関係は、女房が「主に尽くす」と見受けられる以上に、更衣がこの女房に「慈愛を示す」といったところ大なのであった。

皇太后様は、“この精神”を大変に嘉(よみ)されたのである。

そして、お二人の会話の中で、更衣が父の任地から京に参る際に、皇太后様が耳にしたことしかないような名のある風景を目の当たりにして来たことなどが、話題に上ったものであった。

その際、宮廷に居る女にありがちな「あれを見たことがある。それを知っている」という口ぶりではなくて、一つの光景を実に情感たっぷりに物語り、まるで聞き手の目の前に、それが実在しているかのごとく話すのである。

皇太后様は、このことを非常な驚きとともに嘉されたものである。

そして、こう思われた。

“あの子が更衣に心惹かれるのも無理からぬこと。”

そして、このお考えについて、皇太后様は、決して悪い印象をお持ちにはならなかった。

皇太后様は、改めて更衣をご覧になり、その健康そうな様子にはじめてお気づきになった。

“更衣が、その年頃の京の良家の娘なみに華奢である、いや、華奢に過ぎるかもしれないと人は見るであろうが、そこにも、この者の中には、彼女達には決して見られない地に足の着いたところがあるのである”、と皇太后様はお考えになり始めていた。

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