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《第一巻》侍従と女官 18 ふじはらの物語り   原本

次に、お上はご傷心のまま、後ろ見の女房の手をお取り上げになった。

それはまさに意気充実し、風格も匂うばかりの書きぶりで、そのまま勅旨として百官に下しても、誰もが兎角(とかく)疑うべくもあるまい字の趣なのであった。

“この者の亡き夫は進士及第者で、英才の誉れの高い者であったと言うが、夫唱婦随であったのであろうか。”

内容を見ても格調高く、ちょっとやそっとで醸成されたような代物でないことが、お上には知れたのであった。

秋の夕暮れ、木立に紛(まぎ)れてひときわ高く発声する山鳥の哀感を、決して感情に溺れることなく冷徹に描き出して、なお山野の細やかな移ろいを、熹微(きび)の中で縦横無尽に捉え尽くすがごとき、少々鬼気迫る名文であった。


最後に、お上は気が引ける思いで、一番年若な者の手を目にされた。

すると、お上は一瞬目を大きく見開かれて、何か判じものをお解きになろうかといったご様子に終始された。

その有り様を目にした更衣は不安を覚えたのであった。

だが、それもすぐに解消された。

お上のお顔はいつもの穏やかさを取り戻し、あまつさえ綻(ほころ)んでいるようでもあった。

更衣には、この理由がすぐに分かった。

“この子には、よそでは見られない変わった書き癖があって、初見のお上は、それこそ面食らわれたに違いない。が、決してそれは悪筆などではない。それは大変に印象に残るような味わい深いものではある。そして、お上も、はやそれにお気づきになったに違いあるまい。”

果たして、お上は、「その手」がまるで夜、灯明が遠くになるにつれ、小さくなるような間合いにおいて描かれた、一つの絵のように思われたのである。

そして、それ以上に、文章の中身に大変強い印象を持たれたのである。

はっきり言って、先の二作品とはまるで方向性が違うのである。

ご自分の知識の中から、“その舞台は白河の関以南の那須とかいう広大な原野のこと”、とご推定になった。

そこには、ただただ峰々の雄大な様と草地の匂うばかりの青々しさ、そして、眩しい光とが充満しているのであった。

全体としては、“先の二者よりも児戯に相応しい”、とお上はご判断になった。

しかし、“この者の素質は決して侮られるべきにあらず”と、お上はこの時、改めて意識されたのである。

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