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《第一巻》侍従と女官 12 ふじはらの物語り   原本

初めの内、お上は、大納言の娘が、“どうも賢女である”との噂を耳にされて、ご興味を覚えるとともに、ご落胆を覚悟してもいらしたのである。

とかく、賢(さか)しら立った女というものは、いつの世も周りが見えず、一人芝居に終始するのである。

そのような者どもは、特に宮中にありがちで、鼻持ちならないその様は、男はおろか、静かにしていることを是と心掛けるあらゆる性質の女達から、蔑みの対象となっている。

そのために、お上の関心がすぐに薄れたという妃嬪も数多(あまた)ある。

往々にして、彼女達は底が浅くもあったのではあるが。

ところがである。

目の前の女は、まず以って落ち着き払っている。

これは何を意味するかと言えば、“(聖賢の)文句の数々が頭に纏綿(てんめん)するを超え、その彼方に心の眼を遣っている姿勢であり、そこには、常に人としての優しさがつき従っているものである”、こうお上はお取りになった。

それでいて、未だ男を知らぬ線の細い華奢な身なりで、自分の目の前で、どのように殿方と接すればよいのかを思いあぐねる、そのあえかなる様をご覧になっては、お上は、驚きを隠し得なかった。

この驚きは未だ経験したことのないもので、それは、大変な喜びを伴うものであった。

そして、お上が、とりわけ興味深く思われることには、彼女が、自らのこの心性をよく自覚していないというものであった。

“ここまで行き着くには、相当な研鑽を必要としたのではないか”と思われるが、“それにも増して、当人の筋が極めて良かったために、ほかの者には見られないこの悠揚迫らぬ態度であるというのか。”

ご自分のお歳よりもほぼ一回り違う、年の端も行かぬ乙女のこの挙措を前にして、お上は、一種の気後れを感じることに、なにがしかの陶酔を得ていらしたものであった。

そうでありながら、ご年長であるご自分のご学識、そして、ご見識が、“彼女のそれを下回るはずがない”との自負心を昂然と奮い立たせて、“今後、彼女の類い稀なる素地を大いに善導してみん”との思いを、今この時点において、お募らせになるお上なのでいらした。

お上は、今、“生まれてからこのかた、未来というものを、かくも重々しく、そして、それにも増して、精彩あるものとして認識したことはつゆ知らぬ”との思いを、お深めになるのであった。

そして、これからの一歩一歩が巻き起こすであろう波乱を、心躍る思いでお待ち構えになる心積もりでいらしたのである。

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