短編小説 |鴨川の宇宙人3/6

地球の危機

鴨川の土手での奇妙な出会いから数週間が経過していた。私、ノアは相変わらず学校に行けずにいたが、毎日がこれまでとは全く異なる緊張感に満ちていた。ハットリさんの体内で、激しい議論が繰り広げられていたからだ。

今日も、私の部屋でハットリさんと密かに会話を交わしていた。狭い世界に閉じこもっていた私にとって、この秘密の会話は唯一の楽しみだった。

「この未開の惑星、我々の植民地とすべきだ」とデルタが冷酷に主張する声が、ハットリさんの口から発せられた。

「いやいや、そりゃないぜ。この星の音楽、最高だぜ!」とオメガが即座に反論。その声には、地球の文化への純粋な愛情が感じられた。

「諸君、冷静に。地球の文明には独自の価値がある」とシグマが諭すように言った。その声には哲学者らしい深い洞察が込められていた。

私は、ハットリさんの体内で繰り広げられるこの議論を、息を殺して聞いていた。学校に行かない日々は、こうしてハットリさんと過ごすことが多くなっていた。不登校の私にとって、この状況は新鮮で刺激的だった。

「ノア君、君はどう思う?」とゼータが私に問いかけてきた。

私は少し考えてから答えた。「僕は…地球を守りたいです。ここには、僕の家族がいるし、僕の全てがあるんです」

ハットリさんの表情が柔らかくなった。「そうだね、ノア君。君の気持ちはよくわかる」

しかし、デルタの冷たい声が再び響いた。「感傷に浸っている場合ではない。我々の目的を忘れるな」

私は善意の人格たちと協力し、侵略計画の詳細を探ろうとした。しかし、デルタたちは用心深く、その全容をつかむのは難しかった。

「ノア君、学校のことは気にならないかい?」とハットリさんが優しく尋ねた。

私は少し俯いて答えた。「正直、気になります。でも…学校に行っても、僕はみんなと上手くやれる自信がないんです。友達もいないし…」

ハットリさんは理解を示すようにうなずいた。「君の気持ち、よくわかるよ。でも覚えておいて欲しい。君は特別な存在なんだ。地球を守るという大切な使命がある」

その言葉に、私は少し勇気づけられた。確かに、学校に行けないことで悩んでいた。でも、今の私には、それ以上に大切なことがあるのだ。

突然、ハットリさんの体が震え始めた。「いかん!デルタが…」

私は驚いて立ち上がった。「どうしたんですか、ハットリさん?」

「デルタが…重要な政府施設に侵入しようとしている!私の中で暴れ始めた!」

ハットリさんは苦しそうに体を震わせていた。私は焦った。「どうすればいいんですか?」

「ノア君、聞いてくれ」とハットリさんが必死の表情で言った。「もしデルタが完全に制御を奪ったら、私の右手を強く握ってくれ。そうすれば、私たちの意識が一時的につながる。そうすれば、デルタを抑え込めるかもしれない」

私は驚きながらも、しっかりとうなずいた。

次の瞬間、ハットリさんの表情が一変した。冷たい目つきで私を見下ろす。デルタだ。

「邪魔をするな、小僧」とデルタが低い声で言った。「この惑星の征服は、我々の使命なのだ」

私は恐怖で体が震えたが、ハットリさんとの約束を思い出した。勇気を振り絞り、デルタに向かって叫んだ。

「やめて!この星には、守るべきものがたくさんあるんだ!」

そう言いながら、私はハットリさんの右手を強く握った。すると、不思議な感覚が全身を包み込んだ。まるで、ハットリさんの意識と一体化したかのような感覚だった。

その瞬間、私の脳裏に様々な映像が流れ込んできた。宇宙の果てから地球にやってきた彼らの長い旅路、地球での様々な経験、そして彼らの本当の目的…。

「ノア君、今だ!」とハットリさんの声が聞こえた。

私は全身の力を振り絞って叫んだ。「デルタ、お願いだ!地球を征服するのはやめて!」

その言葉とともに、ハットリさんの体から強い光が放たれた。デルタの意識が押し戻されていくのを感じた。

光が収まると、ハットリさんは疲れた様子で床に座り込んだ。「ありがとう、ノア君。君のおかげで、デルタを抑え込むことができた」

私はほっとして笑顔を見せた。「良かった…本当に良かった」

しかし、この戦いはまだ終わっていなかった。デルタの野望は一時的に押さえ込まれただけで、完全に消えたわけではない。私たちは時間との戦いの中、侵略阻止のための緻密な計画を練り上げていった。

「作戦は完璧だ」とゼータが自信を持って言った。
「いやー、ドキドキするねぇ」とオメガが興奮気味に付け加えた。
「成功確率は63.7%」とシグマが冷静に分析した。

この騒動で、私はますます外の世界から遠ざかっていった。もともと学校になじめず不登校だった私にとって、この状況は追い打ちをかけるものだった。

ある日、私は勇気を出して母親に話しかけた。「ねえ、お母さん。僕、実は…」

そこで言葉につまってしまった私に、母は優しく微笑んだ。「ノア、何か悩みがあるの?」

私は深呼吸をして続けた。「僕、実は大切な使命があって…」

そこから、ハットリさんのこと、宇宙人のこと、そして地球の危機について、できる限り正直に話した。話し終えると、母は少し困惑した表情を浮かべたが、すぐに優しく私を抱きしめてくれた。

「ノア、あなたの気持ちはよくわかったわ。確かに学校に行けていないことは心配だけど、あなたが自分の役割を見つけられたことは素晴らしいことよ」

母の言葉に、私は涙が出そうになった。理解してくれる人がいるという安心感が、私の心を温かく包み込んだ。

その夜、私は久しぶりに安らかな眠りについた。しかし、その平穏は長くは続かなかった。

翌朝、ハットリさんから緊急の連絡が入った。「ノア君、大変だ!デルタが再び動き出した。今度は、もっと大規模な計画を立てているようだ」

私は慌てて準備を始めた。母が心配そうに見守る中、私は決意を新たにして家を出た。

「行ってきます。心配しないで」

母は黙ってうなずき、私を見送ってくれた。

鴨川の土手を歩きながら、私は考えていた。学校に行けないこと、友達がいないこと、そんな悩みはもはや些細なことに思えた。今の私には、地球を、そして大切な人々を守るという使命がある。

ハットリさんと合流し、私たちは新たな戦いに向けて歩き出した。その先には、さらなる困難と、そして予想もしなかった真実が待っているかもしれない。

しかし、もう恐れてはいない。なぜなら、私にはハットリさんという強力な味方がいるし、そして何より、自分自身を信じる力を手に入れたのだから。

地球の運命を左右する戦いが、今まさに始まろうとしていた。そして、その戦いは私に、新たな発見をもたらすことになるのだった。

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