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樹海で死んだ看護師と、憧れのタワーマンション

先日ですが、久しぶりに電車の中から、某駅周辺に建ち並ぶタワーマンションを見て、ある昔の出来事を思い出しました。私も三十代半ばの頃には、「タワーマンションに住んでみたいな」などと密かに憧れていたものですが、ある怖い体験をしてから、ピタッとその思いは消えてしまいました。今回は、私のそんな少し怖い体験をお話したいと思います。

それは、私が看護師の夜勤バイトに行っていた精神科病院でのこと。その病院(急性期病棟)は看護師三名と看護助手一名での2交代夜勤体制だったのですが、何の巡り合わせでしょうか?組む相勤者が同じになることが結構ありました。(通常こんなことは余りないので、きっと何か理由があったのでしょう)。

それは、かなり年配の男性看護師さんと、顔立ちのキレイな年配の女性看護師さん、おしゃべりな中年女性の看護助手さんです。三者ともに私より年配ですので、まあ、夜間に患者さんに何かあったら動くのは自分だろうな…って思いながら夜勤をしていましたが、その病院は救急受け入れまでは、当時はしていなかったので、急性期病棟とはいえ夜は静かなもので、特に何事も起こりません。そうなると、看護助手のおばさんのおしゃべりは、留まるところを知りません💦

四人は交代で仮眠の休憩に入るのですが、年配の男性看護師さんは、看護助手さんと話をするのを嫌がってか、必ず病棟に助手さんと二人で残るのを避けた形で休憩を取られました。結果、私の深夜の主なお仕事は、病棟巡回と看護助手さんのおしゃべり相手ということになりました。

まあこれで一晩三万円位ですから、ありがたい訳ですが、このおしゃべり相手というのが、思いのほか大変です💦

その助手のおばさんの甥っ子さんは何でもアメリカで精神科医をされているらしく、色々な写真を見せられるのですが、わざわざ自宅から分厚いアルバムを二冊三冊持参して説明されるんです💦

当時はスマホ📱のない時代ですから、写真を見せてしゃべるということは滅多にありません。その方のしゃべる為の熱意がどれ程のものかが伝わると思います💧まあ聞く方も、非常に疲れる訳です。

しかし、そんな彼女にも、良い面があります。おしゃべり好きにありがちな情報収集力です。何せその方は、私と違い正社員ですので、色々な方と夜勤をされています。話の中で、自然に情報も集まるのでしょう。病院内の男女関係や上司と部下の不仲、個人的な持病の事まで、色々な他人の話しに精通されていました。

そんなある日、夜勤前の男性更衣室で、その年配男性看護師が、明らかに誰かに暴行を受けたであろう顔面で出勤して来ました。私は「どうされました?大丈夫ですか?」と、お声を掛けましたが、彼は「階段から落ちたんや」と弱々しく返され、私はそれ以上聞くことはありませんでした。

そしてその数日後、年配の男性看護師は突然失踪されました。理由はわかりません。病院の職員が安否確認に自宅を訪問してみると、意外な事実が明らかになりました。彼は周囲に「最近病気になった妻を看病しながら、仕事に来ている。」と話し、他に家人がいない為、介護休暇が必要と時折介護休暇も申請されていましたが、病院が調べてみると全て嘘だったそうです。彼は全くの独身で、安否確認の際も、自宅には彼一人以外の生活の形跡はなかったそうです。

それからどれ程の月日が経ったでしょうか?センセーショナルな情報が病院中を駆け抜けました。例の年配の男性看護師さんの遺体が、富士の樹海で発見されたというのです!死因は縊首とのことでした。

病院から彼との関わりの中で、何か変わったことはなかったか聞かれましたが、特に変わったことはありません。顔に殴られた後のような形跡があったことは、あの日周知の事実ですし、あるとすれば一点、彼から何度か夜勤中、私に相勤者の一人である、顔立ちのキレイな年配女性看護師の連絡先を聞いて欲しいと頼まれたことでしたが、それは、彼女が警察で遺体の本人確認をしていることから、既に問題になる事柄ではありませんでした。

どういう経緯かはわかりませんが、富士の樹海で亡くなった彼のズボンのポケットから、紙に書かれた女性看護師の携帯電話番号が出てきたそうです。

私はそれらのことから、実は年配男性看護師は、その女性看護師に好意を抱き、何とか近付きたい一心であったのではなかろうか?と…だから夜勤中、おしゃべり好きの看護助手が嫌だったから、避けて休憩していたのではなく、或いはキレイな女性看護師と会話がしたくて休憩の順番をあえて操作していたのではないかと思いました。

しかし、何故に彼が家族構成を偽ったのか?あの日何故、彼は暴行を受けたような顔になっていたのか?謎は残りますが、私は勝手にこれを大人の恋物語にして、きっと儚い恋の終わりだったのだろうなと結論付けしました。

それからしばらくして、例の女性看護師はその病院を退職され、私も公立病院に採用となり、副業ができなくなった為、夜勤のアルバイトを辞めることになりました。そして最後の夜勤の日、あの事件以来、長く相勤者となっていなかった、おしゃべり好きな看護助手のおばさんが、偶然最後の夜勤で相勤となり、その夜、私は彼女から意外な事実を聞かされました。

「辞めたあの人(女性看護師)な、金貸しもやってたそうやわ!」

「金貸しって、サラ金業ですか?」

「もちろん無免許やろな、噂やけどな、ここでも借りてる人が結構いたらしいで、例の人(年配男性看護師)もそう違うか?」

「そうそう、駅前のタワーマンションに、最近ややこしい感じの男と連れ添って、出入りしているのを見かけた人がぎょうさんいるわ」

「看護師であんなん買えへんやろ?これは何かおかしいで!大体、あの人の死体の本人確認をあの女がすること自体、何か仕組まれてない?これはたぶん…」

「結局、彼女は何者だったんですか?」

「わからんわ~、でも顔ほどキレイな人間ではないのは、確かやろな!」

この会話を最後に、私はその病院を退職しました。もう15年近く前の話しになります。今となっては、真実を知る術はありませんが、その駅前のタワーマンションを見る度に、私はこのことを思い出します。

今でもあの女性看護師はタワーマンションに住んでいるのでしょうか?キレイに整った彼女の顔の裏側を、例の男性看護師は不運にも覗いてしまったのかも知れません。今の私の心の中に、タワーマンションへの憧れはありません。


終わり

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