掘り出し物の乗り物パニック映画!「激流」(2022年映画記録 5)
“乗り物パニック映画”というジャンルの映画群が存在する。乗り物に乗り合わせた主人公一同が、何らかの要因で危険な状況に陥り、それを打開するために足掻く…。こうした物語構造の作品を、皆様も一度は目にしたことがあるはずだ。
この手のジャンル映画の最大のヒット作は「タイタニック」と思われる。この作品はシンプルな“恋愛映画”として見做されがちな一方、ラブロマンス要素を前面に推し出した前半とは打って変わり、衝突事故が発生する後半以降は明らかに“乗り物パニック映画”としての色が濃くなっていた。
また、近年日本で話題になった当ジャンルの映画は「新感染 ファイナルエクスプレス」だろうか。こちらは基本的にゾンビ映画であるが、舞台を“走行中の新幹線の中ないし駅構内”に限定したことによる面白さ・新鮮さを味わうことができた。
豪華客船に新幹線……。非常に大規模な乗り物が舞台となる上記の作品に対し、本稿の主題となる作品「激流」(原題:The River Wild 1994年公開)の乗り物はごく小規模──何と五名ほどしか乗れないゴムボート。
そんな本作は、ゴムボートに乗り合わせた一組の家族と二人の犯罪者、そして過酷な急流を巡るサスペンス劇である。
Amazonプライムビデオの“あなたが興味のありそうな映画”欄に表示されていたことがきっかけで、俺は本作の存在を知った。
まず真っ先に目に留まったのはキービジュアル。何というか…勢いが凄まじい。水流が完全に集中線と化しており、RPGで敵とエンカウントする瞬間に見えなくもない。「これは気楽に楽しめそうだ…。」娯楽映画好きな俺の心が騒いだ。
そんな風に考えながら何気なく鑑賞したので、俺は純粋に驚かざるを得なかった。本作は明らかに丁寧で良く出来た作品であり、乗り物パニックの傑作と呼んでも差し支えない内容だったから。2022年内に鑑賞した映画(3月5日時点で約三十本)の中でも三本の指に食い込み、いずれもう一度観たいと感じる程だ。
本作の際立った魅力を述べるとしたら、特殊な状況設定、そして人間関係の面白さ。この二点だろう。
主人公:ゲイルは殺人犯に脅され、予定外の命を賭したラフティングに強制的に挑まされる。このラフティング(そして過去のトラウマの克服)には人手が必要──即ち、成功を遂げるためには殺人犯の協力を仰がなくてはならない。
一方、殺人犯は凶器を手にし優位に立っているはずだが、決して主導権を握っているわけではない。川下りについては技術も知識も素人であり、ゲイルの手を借りなければ生き残ることも、計画を完遂することも不可能。
この“不本意な相手と協力しなければ死ぬ”という特異な状況が、自然環境の過酷さ以上に物語をスリリングに引き立てる。目を離す隙などどこにもない。観ている者まで、二重の意味で危険なラフティングに同行した感覚を味わわせてくれるのだ。
一筋縄ではいかない人間関係も、これまた面白い。
仕事人間のトムを冷めた目で見ており、途中まではトムよりもウェイドに心を許しかけていたゲイルとローク。途中から奇妙なバディ関係を築くトムと愛犬:マギー。ウェイドより圧倒的に立場が弱く、足で使われてばかりのテリー。強気に出つつも結局はゲイルに頼らざるを得ないウェイド。
そんなキャラクター達の関係性・立場は、物語の進行とともに微妙に変化していく。“ガントレット”に接近するにつれ、殺人犯達相手に突貫かつ強気で川下り教育をするゲイル(そしてそれを受け入れる殺人犯達)などはその一例だ。ラフティングの途中も絶え間なくドラマが進行し続けるため、クライマックスまで一切飽きることなく物語に入り込める。
地味な題材を補うジェリー・ゴールドスミスの壮大な劇伴や、拳銃・手話といった物語要素の丁寧な活かし方も印象深い。またメリル・ストリープが自ら演じた大迫力の急流下りシーン、胡散臭さを大爆発させるケヴィン・ベーコンについては語るべくもない。
シンプルな娯楽映画、と言ってしまえばそれまで。とはいえ、本作のように手を抜かずにしっかりと作られている作品であれば、“単なるジャンル映画”と悪し様に言うことは決してできないはずだ。
さあ、ゲイルは過去を克服し、“ガントレット”を制覇することができるのか?殺人犯達の計画は完遂されてしまうのか?そして家族の命運は如何に?
──映画の結末はあえて書かない。是非とも、それは皆様の目でお確かめ頂きたい。