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「不殺生共同戦線」


剃り上げられた丸い頭。橙色の衣。小脇には鈍色の鉢。
僧侶達が列を成して托鉢たくはつへ歩み出す、朝6時のバンコク──。

ある僧列に、スーツ姿の男が駆け寄った。
駆け出しから13年付き合った間柄だ。たとえ5年振りでも、剃髪ていはつ姿であっても、チャイは相棒の姿をすぐに見付け出せた。

「ダオ!」

僧名に慣れた今では懐かしき愛称。嫌が応にも反応せざるを得なかった。仲間の僧に一言告げ、ダオは僧列から離れた。

「…何の用だ」

感情の乗らぬ声を、チャイの早口が上書きする。

「タレコミがあった。7日後に大規模な麻薬取引。場所はレムチャバン港の廃倉庫」

以前は馴染み深かった出来事とはいえ、出家者に俗世は無関係。
沈黙を守る僧侶に、刑事はゆっくり告げた。

「…見せしめの強制捜査が決まった。
今回はムーの組。でもムーは取引に来ない」

馬鹿な。
ダオは瞳を閉じ思考を巡らせた。また当局は功を焦り、“捕らえたところで極刑は確実”と開き直り武力行使。だが黒幕は屍を踏み台に高飛び。5年前と何も変わらない。弾丸が飛び交い、悪しき業が幾つも重なる…。

血の臭いを思い出し、瞼を開ける。
眼前でチャイは跪き、湿ったアスファルトに頭と両手を垂れていた。この国の僧侶に対し、絶対的な帰依を示す姿──。

「奴らは法で裁かせる。ムーを捕らえ、無茶な押し入りも取引も止めさせたい。でもあと一手足りない。味方がいない。考えが浮かばない。シッポは掴んでるのに…!
頼む!今回だけでいい、また俺に智慧を貸してくれ!」

顔を上げて合掌し、強い熱意を眼差しに乗せる。
懇願への返答は極めて冷静だった。

「すまない。食事と勤行ごんぎょうに遅れる」

噛み締められたチャイの唇から血が滲もうとした瞬間、ダオは流暢に言葉を連ねた。

「明朝6時、また必ずここに寄る。いいか、情報が欲しい。洗い出した資料は端末に入れてくれ。托鉢に紛れて預かる。
…今度こそ、二人で皆を出し抜いてやろう」


<続く>

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