個人を守るために必要な支援と対策 第7章:孤立しない社会とは ⑦

 また、これは第三者だけでなく、家庭内においても起こりうると私は思っている。

 その理由として、自分の経営している企業や病院などの後継者として子供たちに継いでもらい、これまで代々受け継いできた伝統を守って欲しいという気持ちが親の立場としてはあるのかもしれない。

 このように子供たちの進路選択を自分の能力に基づいて選択をしたいのだが、さまざまな価値観が重なることで子供たちが持っている夢を選択するために必要な進路が何かを考える機会が減ってしまうことになるし、個人の選択を尊重出来ない風潮が出来上がってしまう懸念がある。

 日本というのは教育においては“良い人材を育てたい”という意思は強いが、受験などをする子供たちに良い人材がいたとしても“通学距離”や“通学手段”などによってその学校を断念しなくてはいけないという地域事情や“○○さんが欲しいです”と言っても家庭の経済状況が思わしくなく、経済事情による進学辞退にも繋がりやすい傾向があるため、良い人材がいたとしても確保することは容易ではない。

 そのうえ、学校においては“進学実績”・企業においては“採用実績”などを表面に出してアピールするため、学生にとっては“相手から求められている進路に達さないといけない”という使命感に似た心理になるのだ。

 この問題は社会で生きていくためには切っても切り離せない問題であり、進路次第で自分の人生も変わってしまうという状況になるため、本人としては可能な限り良い進路を選択し、その進路に進むために必要な手段や方法を知る事が大事だろう。

 ただ、このような進路を選択するためにはこれらの進路に進学しやすい経済支援や環境構築などを行う必要があり、子供たちの進路が家庭の経済状況で狭まるということが無いような社会を創ることが大事だと思う。

 進路選択は自分の人生を左右する“決断”であり、その判断によって未来が決まってしまうと思うと1つの失敗が恐くなってしまうことが事実としてある。

 そして、これらのトラブルが人材選別や不当解雇などに繋がりやすいため、どのように人材を育てて、どのように活用するのかを社会全体で考え、その人たちが経済成長を支える人材になるという意識やモチベーションに繋がることで子供たちにとっては“自分が頑張る”というポジティブな考え方に繋がるし、そこから仮に挫折したとしても大人が共に新しい道を考える事で開けてくることもある。

 進路というのは“個人の能力の高さの証明”であり、“その学校を卒業した”というブランドイメージに対する個人能力の判断材料”になるのだ。

 このように社会における進路選択と就職に対する価値観が変わらないまま時代が進んでいっていることで、価値観の変化を分析してもあまり変わっていないような印象を受ける。

 そのため、進路で悩む学生の多くが表には出していないが、内心として“この企業に入るにはこの学校ぐらいのレベルの学校を卒業していないとダメだろうな”という不安が先行し、企業に対するイメージを高くしてしまう可能性があるのだ。

私も就職活動をしていた頃に覚えていた違和感もまさにこの問題だった。

私が入社したいと思っていた企業は“大手企業”と“外資系企業”など自分の体験や経験を活かして仕事をしたいと思っていた。

しかし、それらの企業パンフレットや資料などを見ていると出ているのは国内の有名大学や海外のトップから中堅大学がほとんどで、競争倍率10倍近い業種もあったため、有名大学の学生ではなかった自分にとって、企業のハードルがかなり高く、結果が分かっているような状態で就職活動に入る事になるため、精神的にかなりきつくなることは言うまでも無い。

その上、就職活動中における私の経験上の話しとして“企業にとって即戦力にならない人材はいらない”と言われているように感じる時期が多々あった。

例えば、“書類選考で不採用”という場合にどうやってメンタル面の精神的ダメージを軽減し、次の企業のエントリーに向けてどのように準備する、考える必要があるのか分からないという状態になった時にブランクが発生してしまう可能性が高くなる。

これは就職活動をしている学生が“自分がどういう企業に求められているのか”という就活生ならではのパニックと社会的自立を目指す上での焦りが同時に発生する事と同じ事になる。

現在、小説とコラムを書いています。 コラムに関してもこれから完成している物を順次公開していく予定です。 自分の夢はこれまで書いてきた小説を実写化することです。まだまだ未熟ですが、頑張って書いていきますので、応援よろしくお願いいたします。