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《適当雑記87》2022年1月26日(水)【続けること】

〚975文字〛
こんばんわ。入谷です。
昨夜の投稿時間は午前0時1分。つい人と話しているうちに連続更新を途絶えさせてしまいました。
記事は用意してあり、慌ててPCを開いて投稿ボタンを押したものの、1分遅く、今回で2度目の痛恨の更新ミス・・。

にいいいいいいいいいい

振り出しに戻ってしまいました。

それで今日は続けることについて考えたいと思います。
まず改めて続けることのメリットを整理してみしょう。

・毎日記事を書くこと     = 自分に自信が持てる/自己肯定感
・決まった時間に投稿すること = 認知度・信用力・ビュー数が上がる
・連続投稿記録を更新すること = ○○日という勲章が貰える

皆さんが記事に纏めていることを参考にすると、大体こんな感じではないでしょうか。

これらを積み重ねることは、情報系で商売を考えている人にとっては大事なこと。また、連続投稿の基盤を作っておくことで、今後何か始める時の足掛かりにもなると思います。
でないにしても、続けることで見えるものがあるのだと思います。
その目的意識は、多くのnoterさんの記事を拝読する度、大変見習いたいものだと感じています。

では、自分にとって投稿を続けることの意味は何でしょうか。
ふと、何故自分は毎日投稿するのだろうと疑問に思いました。

適当雑記を始めたのは昨年11月1日から。
きっかけは急な思い付きです。当初は始めた理由と同様、やめてしまうのも突然だと思いました。
が、一旦は同じようミスで昨年11月30日に連続投稿記録はストップしたものの、今回でこの皆様のお陰で雑記自体は87回目です。
自分にしては意外に続いているなと感じています。

それでも続けていくうちに、続けるための毎日投稿になっている感は否めません。
毎日投稿のために記事を書いている自分がいる。人生の記録と心の整理の為に始めたこの雑記の動機は、最早本末転倒しているのです。

しかし、昨晩連続投稿記録が止まった時にモチベーションが下がったかというとそうではありませんでした。
ギリギリですが、今日も遅れないよう文字を打ち込んでいます。
これが知らず知らずのうちに身体に馴染んだ習慣であり、日々構築された日課というもので、続けることで見える景色とは、きっとこういうものではないかと少しだけ実感した今日この頃です。

ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして明日が皆様にとって素晴らしい1日になりますように。。

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