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新しい暮らしのはじまり



体調に不具合が起きた父と暮らすため、
20年過ごした札幌から釧路へ帰ってきた。
これまでの札幌生活とは環境が激変。
混乱につぐ混乱の日々がはじまった。


父、73歳。
元パン職人。元炭鉱マン。
数年前に母が他界。ひとり暮らしだった。
釣りとテレビと草むしりが好き。
コーヒー好き(最近カフェラテ寄り)。


わたし、39歳。
接客業多々。現在無職。独身。恋人なし。
ふむ。潔く文字にするとけっこうな響き。
読書と映画と散歩が好き。嵐ファン(大野さん)。
コーヒー好き(ほぼブラック)。


父と母の写真をここにのせたのは、
6月中旬の誕生日を迎えたばかりのころ。
1ヶ月後に父との生活がはじまることなど、
そのときは予想も想像もしていない。


わかってるつもりでいたはず。
それでも、人生って本当にわからない。



札幌の部屋を退去した日、
その足で午後の汽車に乗った。
窓から野生の鹿の群れが見えた。


駅までいとこが迎えに来てくれた。
小学生の息子くんといっしょに。
あした遠足なんだ、と後部座席で言った。


和商市場でつぶを買ってきてくれた。
居酒屋で提供される5倍はあるだろう
大量のつぶ刺しを振る舞ってくれた。
魚介類が大好物な父はよろこんで、
半分ほどをペロリとたいらげた。



それが8日前のこと。
……え? にわかには信じがたい。
引越してきてもう1週間も経った??
毎日があっ という間に過ぎていく。


先月、手術で1週間ほど入院していた父。
退院直後は調子がいいものと思われた。
数日して、食欲と体力が同時に失われ、
日々の生活がままならなくなった。



親戚を経由して兄弟から連絡がきた。
急遽、様子をみるために釧路へ帰省。
これほど弱った父の姿をはじめて見た。
わたしにとってもはじめての連続。




日に3度の食事。病院の付き添い。
服薬のタイミング。掃除。洗濯。買い物。
掃除。洗濯。買い物。掃除。掃除。掃除。
このときには引越しが決まっていたので、
すき間にその準備も同時進行だった。


コンビニもスーパーも遠い。
車はあるけど免許がない。自転車もない。
連日ただひたすら歩くしかなかった。
時間も体力も激しく消耗した。


なにより困ったのが、喫茶店がない。
もう笑ってしまうくらいない。


いかん。どうしよう。
ひとりになってコーヒーをのんで、
静かに気持ちをおちつける場所がない。
どうしよう。いかん。しんどい。キツい。


心が折れかけていたそのとき、
とあるお店の前を通ったら目に入った。
窓辺に、テーブルと椅子。



『柳月』



北海道を代表する歴史あるお菓子屋さん。
よく利用するスーパーなどが並ぶ通りの、
その少し先にお店がある。




マーブル模様のバームクーヘン、
『三方六』をご存知の方も多いのでは。



シュークリームひとつ91円。
良心的。100円玉1枚でおつりがくる。
快適な窓辺の席に腰をおろして、
ゆったりくつろいで味わうことができる。



おまけに、なんと、







無料でコーヒーがのめるっっっ



………泣ける…。
むしろ絶叫したい。



その感動たるやなんたるやかんたるや。
20年前にもあったのか、記憶はボンヤリ。
やったぞ。コーヒーがのめる場所大発見。
窓の外を眺めたり、書き物ができる。
救われた気がした。大歓喜。


それからというものの、
毎日のようにここへ通い続けた。
くる日もくる日も、通い続けた。





くる日もくる日も。





くる日もくる日も。





くる日もくる日も。





くる日も………。







……………。


…………迷惑な客…?



お邪魔するたびに1時間以上滞在…。
ひとつしかないテーブルを独占……。
仕方がない。快適すぎたらしい。


多くのお客さんたちがやってくる。
お土産らしい菓子の詰め合わせ。
遠方の方へ贈り物の発送。
お誕生日ケーキの予約。


丁寧な応対が聞こえてきもちがいい。
やさしくておだやかで気さくで、
みなさんしっとりとした美人で、
たまらなくかんじがいい。


申し訳ないと思いつつ、
今日もちゃっかり出没する。






ご近所さんへの手土産もこちらで購入。
出戻りアラフォー娘は緊張しながら、
粗相のないようにとソワソワ訪ねた。



みなさんも年を重ねている。
お向かいのおかあさんはよくしゃべる。
足元がおぼつかなくなってしまい、
玄関までくるのに時間がかかったけれど、
むかしと変わらず饒舌で安心した。


記憶にあるのかないのかわからない。
それでも、よかったよかったぁと笑顔で、
帰ってきたことを喜んでくださった。
お父さんにはお世話になってるよ、と。


東京オリンピックが開幕した。
誰とどこでこのオリンピックを観るだろ。
開催決定から幾度となく想像してきた。
エチオピアとかグアテマラとか、
喫茶店でよく目にする国名に反応する。


私 「この人たちに足向けて寝れないね」
父 「そうだなぁ」


コーヒーが大好きな父と娘の、
東京オリンピック開会式の感想。
彼らはコーヒー豆を栽培していない。
わかってはいるけれど、なんだか尊い。




20年ぶりの父との暮らし。
いろんなことが起こるだろう。
いや、もう起こりまくっている。
その日々をたくさん残していこう。



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