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#小説 記事まとめ

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#オリジナル小説

【短編】『僕が入る墓』(前編)

僕が入る墓(前編)  目の前に広がる田園風景を真っ二つに分けるように一本のアスファルトでできた道がどこまでも続いていた。僕は先を行く明美の黒くしなやかな後ろ髪から溢れた残り香をたどりながら、これ以上距離を離すまいと歩数を増やして後を追った。明美の腰のあたりにはまるで大気にひびが入ったかのように陽炎が揺らめき、明美の体にまとわりついていた。 「早くー」 「待ってくれよ」 「もうバテちゃったの?」 「いいや。まだまだいけるよ」 「早くしないと置いてっちゃうわよ」 明

【小説】満腹の親しみを込めて

忙しい商社マンで独り暮らしの斉木は、夕飯を大抵外食で済ませる。男が独りで入っても違和感がないラーメン屋だとか定食屋が多いのだが、タウン誌でクーポンを探していた時に気になる店があった。「一樹一河の一皿に出逢うレストラン」という一風変わった店名に、独り暮らしの寂しさも相まって目を留めたのだ。そのフレンチレストランは、名前の通り何から何まで常識を覆す店だったが、その裏には本物のフレンチを究めようとする思いがあった。 1 赤坂の高級レストランで、今夜も取引先の接待をするために早めの

【短編】『春の訪れ』

春の訪れ  森の奥深くの洞穴に眠るヒグマはツバメの鳴き声を聴くなり寝返りを打つ。誰もいないはずの湖のほとりにつがいのシマリスが現れ、風で飛ばされた木の実を求めて草をかき分ける。それを遠くの水面からじっと見つめるカバは水中へと潜って再び水面に顔を出すと、鼻から水を勢いよく吹き出す。シマリスは突然のことに身を震わせて森の方へと去っていく。再びツバメが鳴くとヒグマが寝返りを打つ。どこからか怪物が唸り声をあげながら近づいてくる音がする。白いボートだ。船上には二人の人間が立っている。

【掌編】ヒーロー

仕掛けられた時限爆弾。目の前には赤い線と青い線。どちらかを切れば今すぐ爆発、どちらかを切れば君は助かる、そんな劇的なシチュエーションにあるとして。 その爆弾に対し、君が取り得る選択肢は、およそ四つ。 ①赤い線を切る ②青い線を切る ③赤い線と青い線を切る ④赤い線も青い線も切らない 一番危ういのは、もちろん③。どちらかを切れば即爆発なら、どちらも切れば即爆発だ。君の身体は木っ端に砕け、確実に助かることはない。 ①と②のリスクは同一。爆発の確率は50:50。手掛かりも保証

【短編小説】マイホーム

 私のキーホルダーにはもう三十年ほど使用していない鍵があります。 なぜ使わないのに大切に持っているかというと、私にとって一生忘れられない鍵だからです。  それは私の生涯で、最初で最後のマイホームの鍵なのです。  私は29の時、中学の同級生と結婚しました。翌年に長男が生まれ、その2年後には長女を授かりました。決して裕福ではありませんでしたが、子供にも恵まれ、順風満帆の家族生活だったと思います。  長男が小学校にあがる歳になり、さすがに新婚当初から暮らしていた1DKのアパートで

カメリア~蒼穹~

■前回のお話はこちら アルバイトをすることを決めると、椿はすぐに燕に電話をした。いついつから入ってもらうから、迎えに行くと言われ、椿は了承し、「よろしくお願いします」とぎこちなく言うと、電話の向こうの燕が微笑んだのが見えるようだった。  だが、燕から「お父様とよくお話になってくださいね」と言われて、面倒なのが残ってた、とげんなりしたのだった。  案の定、アルバイトなんて、と父親は反対を表明した。椿はうんざりしたように「同意なんて求めてない。これは報告」と頭を掻きながら言い捨て

【短編小説】雨水と共に流れるは

雨は、嫌いだ。 しとしと、とんとん、絶え間なく続く音も素敵だとか思ったことないし、傘差してても濡れるし。 あとは梅雨でも寒い時はめっちゃ寒いし。 昨日買ったばかりの白いスニーカーが歩く度に汚れていくのをみて、これまた俺はイライラした。 スーパーへ買い物に行く前は曇ってたのに、店出たらこれだ。念の為傘持ってたのがせめてもの救いだろうけれど。 布製の買い物バッグはそれなりに濡れるんだろうな、と思うとため息が出た。 所沢裕太、大学三年生。一人暮らし。 単位はもう入学してがっつ

このちっぽけな島で -59-

~ご案内~ あらすじ・相関図・登場人物はコチラ→【総合案内所】【㊗連載小説50話突破】 前話はコチラ→【第58話・井戸妖怪】 重要参考話→【第51話・学ぶ人】(まいまい島編開幕)       【第54話・人間を愛したい】(現代のまいまい島民の叫び)            【第56話・ジェイルボックス】(ブルームアーチなど) 物語の始まり→【第1話・スノーボールアース】    ~前回までのあらすじ~ 正義屋養成所襲撃事件からおよそ一年と半年。正義屋養成所の四年生に進級し

連載小説「オボステルラ」【幕章】番外編2「ゴナン、髪を切る」(1)

<<番外編1(4)  || 話一覧 ||  番外編2(2)>> 第一章 1話から読む 第三章の登場人物 番外編2 「ゴナン、髪を切る」(1)  「ゴナン、髪が伸びたね。前髪が目にかかってきてるよ」 二人での野営から帰ってきた翌日、ツマルタにある拠点で、リカルドはゴナンにそう声を掛けた。いつも前髪を短く切り込んでいるゴナン。しかし、鉱山に閉じ込められたり療養があったりで、1ヵ月以上髪を切れずにいた。 「あ、そういえばそうだね。これで切るから、大丈夫」 そう言って、

【小説】バージンロード vol.1「ソウ」

ブログなるものを始めてみた。 大学生の彼氏、ソウが写真ブログを始めたことがきっかけだった。 ただのブログでは面白くない。 男女逆転したブログにしよう。 ソウの呼び名はハニタン。 ハニーたんから来ている呼び名だ。 毎日のソウとの出来事を男視点で描いていく。 それは意外に楽しいものであり、刺激的で毎日楽しかった。 ブログ友達も何人かできた。 みんな私を男だと思って接してくれる。 元々女女しているのが苦手だった私には、それはとても心地よいものだった。 ソウとの

【短編】『読書するぼく』

読書するぼく  美容院で髪を切り終わった後、たまたま次の予定まで微妙な時間が空いてしまったため、僕は喫茶店で本を読みながら時間を潰そうと思った。お店に入ると、そこら中に人がごった返しており、席が空くまで待機する必要があった。いくら待っても皆席を離れようとはせず、まるでここが喫茶店ではなく、会社のオフィスにいるかのようにそれぞれが自分の決まった席を持っているようだった。僕はなぜここまで長時間席を独り占めしては新たに注文をするわけでもなく、ただ自分の時間に没頭している者たちを店

写真小説家~歌姫の断片~

■あらすじ写真を撮るように、目の前の景色や出来事を書き記す「写真小説家」。それを生業とする私は、依頼人から依頼を受けて、様々な出来事を書き記そうとする。不思議な魅力を兼ね備えた歌手のライブ。最後の舞台に挑もうとするヒーロー。そして、その写真小説家自身。 写真小説を通じて浮き彫りになってくる、「私」の抱えた問題。出会った人々に触れて、「私」の問題への意識は変わっていき、それと向き合おうと決心することになる。 ■本編 聴衆は各々座を占め、思い思いに談笑していた。  ホールは劇場

『翠』 33

 つい先日会ったばかりだというのに、というより、職場では毎週のように顔を合わせているのに、麻倉さんが隣にいるという現実が、まるで夢のなかで起こっていることのように、素直に受け入れることができなかった。  もちろん嫌という意味ではない。  スラッとした繊細な体つき、今にも折れそうなほど華奢な骨格、思わず抱きしめたくなるような背丈、触りたくなるほど艶やかなセミロングの栗毛。ここが電車の中や不特定多数の人が利用する公共の場でなくて、ほんとに良かったと、心の底から思ってしまう。

タクシー(掌編)

「あっ、これ、困るなあ! まるっきり逆なんじゃあないの?」 「ええっ。だってお客さん、鏑木町へってさっき」 「違う違う! おれが言ったのは葛城町! かつらぎ!」 「そんな、私何度も確認したじゃあないですか」 「聞き間違えたあんたが悪い! ここまでの分の料金は払わないからな!」 「勘弁してくださいよ、お客さん、それは困りますよ」  男はどん、と運転席の背中を蹴り、 「おれを誰だと思っていやがる! お前なんて、ウチの会社が本気出せば、こうだぞ!」  どん、どんと更に二回。それから