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【長編小説】漂白剤社会 | 第五話・眼差し

第四話・十六歳 | このお話のマガジンはこちら | 第六話・傷跡

 

 私は本屋で、ある雑誌を見つめていた。

そこには、スラっとした身長の高いモデルが多く登場していた。どうやらモデルたちのインタビュー記事が掲載されているようだ。私は、この雑誌に何かヒントが隠されているかもしれない、そう感じた。

「来月も写真撮影の練習をするから、それまで ”モデル” になるように」

 芥田さん曰く、今の私は、ただ ”モデルの真似事をしている女の子” だそうだ。次回までに『モデルになれ』と言われたが何のヒントもなく、私は困り果てていた。

「モデルって何だろう」
私は、出口のない迷路のような暗いトンネルをひたすら走っているような停滞感に襲われていた。

そんな時、寄った本屋さんで、たまたま見つけた雑誌にピンと来たのだった。

 私は財布の小銭を確認した。
「雑誌を買ったら、今日の夕食が買えないなぁ、どうしよう…」迷った。

一人暮らしをしていた私にとって、日々の生活は決して余裕のあるものではなかった。でも、この機会を逃すと、もうこの雑誌とは出会えないようなそんな気がした。

「今日の夕食は我慢しよう」

 私は雑誌を手に取り、会計しようとレジに向かった。
お釣りは、百八十円ほど。安いカップラーメンなら買えそうだ。少しほっとした。


 急いで自宅へ帰ると、すぐに雑誌の紐を解いた。中身を開くと、記事に登場するモデルたちはパリコレに出演している有名人も多く、皆、実力のあるモデルだった。

私は心を躍らせながら、いつも使っている細いフレームの姿鏡をかけた。

とりあえず練習しようと、同じようにポーズを取ってみる。

「うーん、何か違う」しっくり来なかった。

「こうかな?」今度は手の角度を変えてみた。

 練習して、数時間経っただろうか。段々と、疲れが筋肉痛となって体に表れる。同じポーズを再現しているはずなのに、私と雑誌のモデルとで雲泥の差は明らかだった。

それまであった自信が嘘のように崩れていく。どんどん勇気は萎んでいった。

「もうやめた」
私は疲れてしまい、姿鏡の前で座り込んでしまった。

お腹もすいた。

「雑誌なんて買わなきゃよかった」
私は思い通りにいかない事に、いじけてしまった。

「何で芥田さん、私を選んだんだろう…」

座り込んでいたら、不思議と、芥田さんの顔が思い浮かんだ。



 芥田さんは、厳しい人であったが、愛情深い人でもある。

 私は東京の高校を受験する際、第一候補に、名門の堀越学園を受験していた。

 堀越学園といえば、芸能に特化した専門コースが厳しい校風で知られる。有名人をたくさん輩出し、むしろ堀越学園に入れば、芸能人として将来は有望と言われるぐらいだった。

 堀越学園の芸能コースは筆記試験がなく、両親と事務所の面談が必要とのことだった。両親は、北海道から面談のために上京した。そして芥田さんも仕事を調節して、私の学校の面談を受けてくれた。

面談はスムーズにいったが、父母の面談でこんな質問があったそうだ。

「寄付金は、どのくらい出来ますか?」

父は驚いたそうだが、出来るだけの金額を提示したそうだ。

その日のうちに結果は発表されて、私は堀越学園に落ちた。

山手線内で、他の乗客も憚らず、私は号泣した。
その姿を見て、両親が一言つぶやいた。「力になれず、申し訳ない」

芸能人になるのも、やっぱりお金が全てなんだと悟った。
そんな時、芥田さんはこう言ったのだ。

「諦めることはない、道が無いなら、あなたが作ればいいだけなのだから」



そんな出来事を思い出しているうちに、みるみる力が戻ってきた。

「もう少し頑張ろう」すくっと立ち上がった。

一生懸命、北海道から仕送りをしてくれている両親や信じてくれている芥田さんのためにも、努力を結果として残したいと思った。

何よりも自分自身の夢を叶えるために、私はもっと頑張らないといけない。私は決意を新たに、もう一度、雑誌を見ながらポーズを練習し始めた。

 フゥ…、フゥ…

 汗が、背中を流れる。
ポーズを取るだけで息が細切れるのは初めてだった。
こんなにも体幹や、体の柔軟性が問われるのか、そうか、美しいポーズをとるために体をしっかりつくることも大切な要素なんだ。

 気付きを感じながら、私は、腕や脚の角度、指先や顔の向きも気を付けて鏡の前で、何度も何度も練習した。

それから私は毎日、同じ雑誌を見て何度もポーズの練習をした。

そのうち朝起きたら、鏡の前で笑顔をつくり、ポージングを取ることが日課となった。

ポーズはすべて暗記したので、繰り返し同じポーズを、納得するまでひたすら練習した。気付いたら雑誌の端は丸まり、所々、擦り切れていた。

 練習を続けたある日、私は自由に眼ざしを変えられるようになった。眼でポーズを取る、という行動がわかったのだ。指先にさえ感情が宿っているかのように細部にもこだわって表現した。

そして今までは真似て練習していたが、自分で創作したポーズも出来るようになった。

「これがモデル、ということなのかな」

 私は自分のポーズを客観的に見てもらいたくて、咄嗟に、携帯のカメラで写真を撮った。そして北海道にいる中学校の同級生である香苗ちゃんへ送信した。

すると、すぐに電話が鳴った。

「写真見たよ! どうしたの?」

「何で? やっぱり変だった?」
私は、少し不安になった。

「そうじゃなくて、奈恵ちゃんはモデルさんだねぇ」

「どういうこと?」

「奈恵ちゃんの写真見たら嬉しくて元気出たさ」

「学校の部活動が上手くいかなくて落ち込んでいたけど、私も頑張ろうと思ったよ」

「北海道みんなの希望だね!」
電話口の香苗ちゃんは笑っていた。

そう言われたのは初めてで、恥ずかしかったが、こんな私でも、人を笑顔に出来るのだと思ったら嬉しくてたまらなかった。その後、私は目が覚めたかのようにモデルの本質についてハッと気が付いたのだ。

 

 一か月後、私は再び、芥田さんの事務所を訪ねた。

「おはようございます!」
元気よく、アクト事務所の扉を開いた。

「おはよう」
芥田さんは無表情で、いつも通りだ。

「芥田さん、聞いて下さい!」

芥田さんが、振り向いた。

「私、モデルのこと、少し分かった気がするんです」

「モデルは写真で笑顔を見せるだけじゃなく、それを見る人も笑顔にするんですね」

私は、北海道の友人との出来事で気付いたことを話した。

 香苗ちゃんは、私が有名になれば、自分も同じ北海道出身者として嬉しい、と言った。モデルとして表舞台に立つということは、同じ出身や同じ境遇、様々な環境の人たちの希望となる。

モデルの本質は、華やかな世界ではない。どんなに辛い事があっても憧れの人がいれば、人は、「もう少しだけ」と頑張れるかもしれない。

憧れの人がいれば、未来は良い方に変わるかもしれないと思えるし、勇気を貰える。
人は、人を通じて希望を見出す。憧れの人というのは、そういうことだ。

モデルという職業は、希望を与えるという役目がある。だからこそ影響力は大きく、人を勇気付けることもできれば落胆させることもできる。

社会に影響を与えるという力には責任があり、モデルはその覚悟が必要な職業であること。
モデルの技術はもちろんのこと、それだけではなく内面も外見も磨いてこそモデルだと。私は必死に、芥田さんに自分自身で気付いたことを話した。

 芥田さんは変わらず無表情だったが、どことなく微笑んでいるようにも見えた。

「そろそろ始めるよ」
芥田さんから”指摘”はなかった。

「はい!」

私は、胸を張ってカメラの前に立った。

モデルは人を勇気付ける希望であり、笑顔にさせる仕事なのである。


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