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【長編小説】漂白剤社会 | 第十四話・私の自殺

第十三話・わたしの自殺 | このお話のマガジンはこちら | 第十五話・判決

 私は自殺することにした。
下北沢駅の踏切に向かうと、女性が犬を連れて踏切近くにいることに違和感を持った。

 彼女の先には『小田急線』と書かれた木札ある。右手には、犬と命を繋ぐ赤いリードが握られていて、犬の表情をみると、とても不安な様子だった。

リン、リン、リン…段々と電車が近づいてくる。
電車の吐息が突風となって、彼女の前髪をかすった。

やばい!
奈恵は咄嗟に、ぐっと力を込めて彼女の肩をひっぱった。

「お姉さん、大丈夫?」
気付いたら声をかけていた。私と同じ、自殺しようとしていると確信した。

「あれ、可愛いわんちゃんだね」
そう言って彼女の顔を見た。

彼女はショック状態からか、返事が出来ない様子だった。

ふと下を見ると、犬は安心したような笑顔でしっぽを振っていた。すると堰を切ったように彼女が泣きだした。

私は一旦、落ち着かせようと、彼女を公園へ案内した。

そして、近くの自動販売機でお茶を買った。

「のどが渇いたでしょう?」
そう言うと、彼女はポケットに入れてあった携帯を見た。

そのまま彼女は、お茶を一口飲むと少し、口元が緩んだ。

「どうして踏切にいたの?」
私は優しい口調で質問した。

すると彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「今、自殺しようと踏切に立ったんです。わんこと一緒に」

「そうだったんだね…」

とにかく落ち着かせようと犬の話題を振った。
「わんちゃんの犬種はなんですか?」

「…雑種です。男の子です」

「可愛いね、わんちゃん」

そう言うと、女性はまた泣きながら、いろいろなことを話してくれた。

どうして自殺を図ったのか。そう聞くと、犬は子ども同様だから連れて行くつもりだった。何よりも中学の時に受けた性暴力が長年の苦しみだったこと。苦しいままで生きるのが辛い、生き地獄だ、と彼女は泣き叫んでいた。

私はある提案をした。

「もう時間も遅いですし、このままでは心配なので。できれば警察に電話出来ますか?」

一瞬、彼女は無言になったが、質問を返した。

「…わたしはどうなるんでしょうか」

「大丈夫、一緒に付いていくから、保護してもらおう」

私は彼女の瞳を見ながらゆっくりダイヤルを押した。

「事件ですか?事故ですか?」

「今、女性を踏切近くで保護しているのですが危険な状態なので警察に来てもらいたいのですが」

「今どこにいますか?」

「下北沢駅の近くの公園にいます」

「このまま話していてくださいね、いるのはその女性だけですか?」

「わんちゃんがいます」

私がそんな会話を続けていると、ほどなくして自転車に乗った警察官がやってきた。

「あなただね?」

その質問に彼女は頷くと、警察官は無線を取り出した。

「女性と、犬一匹、保護しました」

一緒に警察官に付いていき、大きな道路沿いに案内されると、そこにはパトカーが一台止まっていた。

「わんちゃんも一緒でいいから乗ってくれるかな」
パトカーから降りた警察官が言った。

彼女は先に犬を乗せ、伏せをさせると後部座席に乗った。

これからどうなるんだろう、そう言わんばかりに彼女の表情は固かった。だから私は彼女の手を握り、こう言った。

「あのね、実は私も自殺未遂を何度も繰り返してしまって」
そう言って、左手首にある傷跡を彼女に見せた。

「あなたの気持ちがわかるとは言わない、きっと辛いことは想像をこえる痛みだと思う、でも、あなたが生きてくれたなら、私も頑張ろうって今から思えるから、一緒に生きよう」

そしてポケットから、小さなキティちゃんのキーホルダーを出すと彼女に手渡した。

このキティちゃんのキーホルダーは祖母からもらった大切な形見だ。私はお守り代わりに、そのキーホルダーを肌身離さず持っていたのだ。

「もし辛くなった時は、これを見て思い出して。そして、もし乗り越えたなら、その時は捨てちゃっていいから、お守りね」
そう言って、私は彼女に手渡した。

「もういいかな」
警察官に声をかけられた。車の扉が閉まる。

車が遠く見えなくなるまで見守ったけど、彼女が後ろを振り返ることはなかった。

どうか、少しでも彼女の心が癒えますように。
そう願ってやまなかった。

そして私は自殺を止めて、生きる道を選択した。

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