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【長編小説】漂白剤社会 | 第十五話・判決

第十四話・私の自殺 | このお話のマガジンはこちら | 最終話・エピローグ 志津里と奈恵

 十月、二十一日。
私は、泣くのを堪えながら弁護士に質問をした。

「もし、執行猶予じゃなかったら、私は東京に戻れないんですよね?」

「はい、そのまま収監となります」

 私は涙が溢れた。
母は、持っていたハンカチで私の涙を拭いて、自分の涙もぬぐった。

涙が乾くころには、もう覚悟は出来ていた。

 私は罪を犯した。
しっかり罪を償わなければいけない。

執行猶予があろうがなかろうが、しっかりと罪と向き合わなければいけない。自分のした事と向き合わなければいけない。
何よりも被害者に償わなければいけない。その一心だった。

 気持ちを表すかのように、私は白いシャツと黒のジャケット姿で法廷へ入る。

 傍聴席には数人、新聞記者らしき人が座っていた。
私が法廷へ入ると、母も中へ入り、そのまま傍聴席の隅に座った。

「起立」
裁判官が法廷へ入ってきた。

私は、身を引き締めて涙をぬぐった。

 裁判官は、ゆっくりと椅子に腰かけると、私に、正面の被告席へ来るよう指示をした。

 私は裁判官と、右横にいる弁護士、そして左横にいる検察官それぞれに一礼をした。

 いつもと違う視線を感じて、傍聴席に目をやると、そこには事情聴取でずっと話を聞いてくれた女性刑事の志津里が座っていた。
私は、傍聴席に向かっても一礼をした。私の罪としっかり向き合わせてくれた志津里に思いがあった。

「判決の前に、最後に何か言いたいことはありますか?」
裁判官が言った。

「はい、最後に言わせていただいて良いでしょうか?」

「どうぞ」
裁判官は真剣な面持ちで私の瞳を見続けていた。

「私は、本当にしてはいけない罪を犯しました」

「被害者は、私を信頼して貸してくれたのです。その気持ちを踏みにじる卑劣な行為でした」

言葉と一緒に涙も滝のように流れた。

そこにいるのは、東京の奈恵ではなく、泣き虫えっちゃんだ。
あの素朴な、泣き虫えっちゃんだった。

「私は弁済は当然のこと、それでも足りず、一生をかけて罪を償いたいと思います。被害者に心から謝罪を申し上げたいのです」

「誠に、誠に、」

一瞬、言葉が詰まった。

「誠に申し訳ありませんでした、謝罪の気持ちしか今の私にはありません」

しっかり言えた。

「分かりました」
裁判官は、私の話を聞いた後、戻るよう指示を出した。

 弁護士が、裁判官へ追加で資料を提出したいと申し出た。

「検察官は追加資料に異議はありませんか?」

裁判官からの問いに、検察官は素早く答えた。
「ありません」

そうして弁護士は、追加資料を裁判官へ手渡した。

そこには弁済をしている書類や、友人らの複数の嘆願書があった。

 私がこんな状況にも関わらず、手を差し伸べてくれる人たちがいる。
私はこれまでの人生で、家族以外、誰も味方はいないと思っていたが、それは間違いだった。

懇願書には、夫や、両親。母の友人。そして今は遠く離れている同級生の友人、香苗ちゃんもいた。

皆、私がもう一度立ち直れるよう、力を貸してくれた。
それぞれの想いが、嘆願書には綴られていた。

『正義感の強い奈恵がこんなことをするとは、初めは信じられなかった』

『私は、更生の手助けをして監督する所存です』

『私も、しっかり見守ります』

 

 今回のことで、私はたくさんのことを失った。
私は詐欺罪を犯したことで、信頼を失い、皆にお返しできるものは何もなくなった。

歴史を変えてきた偉人たちのように、社会を変えたいと思って社会活動してきたが、積み上げてきたその功績も信用も、すべて自ら壊してしまった。

迷惑をかけてしまった人たち、信頼してくれた人たちに、今の私は顔向きが出来ない。

自分が更生している、立ち直れている、そのスタートラインに立ったと思った時、やっと顔をあげて言えるだろうか。
「もう一度、手を差し伸べてくれてありがとう」

そして、私は、これから一生、被害者に謝罪と懺悔をしていく。

更生と言う意志を背中に背負い、どんなに重くても、生きて謝罪しつづけるのだ。

 

「判決を言い渡します」
法廷内が一気に緊張に包まれた。

ゴクリと私は唾を飲んだ。

裁判官が、私の顔を見て判決を言い渡した。


「四年の執行猶予とする」


私は鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔で、二度、頷いた。

「終わります」
裁判官が立ち上がると、皆が起立した。

私は、ずっと頭を下げて、しばらくの間、顔を上げられなかった。

傍聴席からはすすり泣く声が聞こえたが、きっとそれは母だろう。

それとも、奈恵は、志津里だったような気もしていた。

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