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132.心の中で語らなければ聞こえないのよ。ちゃんと耳を澄ませば誰にだって聴こえるのよ。

もうひとつの世界から

僕は星になった・・ここは何もない世界。
静かな、静かな水の中。
深く沈んでいく‥誰もいない・・。

宇宙をさまようかのように漂う、そんな気分になっていた。

寒くもなく、暖かくもなく、静かな世界。

そして一人きり。

もう何年‥いや数分なのか。時間はわからない。

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©NPО japan copyright association Hiroaki

そもそも時間は人間が勝手に決めたものだし、ここでは一時間だと思えば一時間、十年だと思えば十年ともいえるかもしれない。ずいぶんと長く漂っていたような気がする。

暗闇の中から糸のように一筋の光が僕を照らしはじめ、やがてその光は粒になって頬に当たり、僕の全身は光に包まれた。その光に案内されて、どこかへと導かれていく。

ちょうど飛行機が降下するように段々と低くなり、僕は地上に着いた。
そこは美しい光景だった。木も花も、辺り一面が光り輝いている。小さな虫たちの音、鳥のさえずる声、風の音、樹木の匂いが立ち込める。動物たちもいた。
降りた場所には、そのまま歩けと言うかのように一本の長い道がのびて、僕はその道を歩き続けた。

目の前に街が見えてきた。

街には商店が立ち並び、たくさんの人が買い物していた。道路には信号があって、車が走っていた。人ごみが大嫌いな僕だったけど、たくさんの人に囲まれていることに安心感を覚えた。道行く人はみな幸せそうに、小さな子どもからお年寄りまで笑顔に包まれている。

なんて不思議でなつかしい世界なんだろう。

これまで僕が住んでいた世界との大きな違いは、時間の感覚がないこと。人々はゆっくりと動き、ゆったりとくつろいでいた。

横断歩道を渡り、見慣れた風景の場所にたたずむ一軒の家を訪れることにした。


玄関を開けて、家の中に勝手に入っていくと、やわらかい声がした。
「おかえりなさい・・」

そこには十年前にこの世を去った妻が、あたり前のように座っていた。

「遅いわね・・ご飯が冷めちゃうよ」

「お、おまえ・・・生きていたのか・・」「馬鹿ね、何をボケているの。あんた仕事のしすぎじゃあない?生きてるに決まってるじゃないの」

テーブルには僕の好きな魚のフライと煮物が置かれていた。椅子に腰かけ目の前にある料理を食べ始めた僕を、妻はただ眺めている。

「あれ、おまえ若いなあ・・」
「はは、なに言ってんの?あんただって若いでしょ」
「え、僕はもう七十歳の老人だよ・・」


妻は笑いながら手鏡を持ってきた。
「はい、ちゃんと見てごらん。何が七十歳なの、どう見ても二十五歳じゃない?」
「あ、ほんとうだ・・二十五歳の僕に戻ってる・・」

驚いた。ここでは年齢など関係ないのか。紛れもなく、二十五歳の僕だ。
「・・どうして?僕は死んだはずだよ。おまえだって死んでるはずだ・・」

妻はお腹を抱えて笑っている。
「死んでなんかいないよ。ほっぺたを抓ってごらんなさいな。痛いでしょ?手も足もあるし、幽霊じゃあないんだから・・」

「・・ここはどこ?どこなの?」

「ここはね、私たちの新世界。逢いに来てくれてうれしいわ。待ってたのよ、わずかな期間だったけどね」

「わずかって言ったって、おまえが死んでから十年も経ったはず」
「ここには時間はないの。十年だと思えば、十年。百年だと思えば百年経つのよ。私にはわずかな時よ。あんたが来るまでとても忙しかったわ」

「・・・」

妻と何時間話したのか。語り尽くせない話があったが、すべて忘れてしまっていた。
「ねえ、あんた。寂しかったでしょう・・。ずいぶん泣いていね。子どもたちの方が立ち直りが早かったみたい。みな元気で、無事に結婚して子供も生まれて幸せに暮らしているのに。あんただけ、私の事を引きずりぱなしの人生だったみたい。馬鹿ね、こうしてまた逢えるのに」

「おまえは生きてたんだ。僕も生きてるのか・・信じられないよ」
「そうね、信じられない話ね。でもね、人は死なないよ。肉体が滅びても心は生き続けるの。これが証拠よ」

「・・・」

「残された人は確かにかわいそうだけど、去っていく人はもっと寂しいのよ。こちらの世界にいると、子供たちを抱いたり、触れたりできなくなるし、私が一生懸命に話しかけても、あんたは知らん顔しているし。でもね、見守り続ける事はできるのよ。だから子供たちの事は安心してたわ。心配だったのはあんたの事だけ・・・」

「・・ありがとう」

「あんたが、なかなか立ち直れず悲しんでいるのが一番辛いわ。でも毎日、毎日、私に語りかけてくれたね。退屈しなかったよ。だから、別れて悲しんでいる他の人にも教えてあげて欲しいなあ。そんなに悲しむ必要はないよ、本人は幸せなのだから、とね。でもね、ありがとう・・ずっと覚えていてくれてとても嬉しいわ」

僕は返す言葉が見つからなかった。

「いい、あなた。目を瞑り、子供たちの事を考えてみて、ほら見えるでしょう。しっかりとした大人になり、子供の学校の事で悩んでいるようよ。受験はお金がかかるもんね。孫たちも可愛く素直に育って、病気もせず元気でいてくれて・・どう?それだけで嬉しく思わない?私、いつも涙が出ちゃうのよ」

「本当だね・・嬉しい・・。元気でいてくれるだけでいいね。それ以上は何もいらないね」

「そうよ。私はあんたをこうして毎日見守り眺め続けていたのよ。あんたがいつも泣いていたから、それが辛かったけどね・・」

「ごめん・・」
「ああ、危ない」
「どうしたの?」
「見た?今車にぶつかりそうだったのよ、娘が・・。ああ無事で良かった・・」

「そうか、こうやって見ていたのか・・・」
「そうよ。それにね、声をかけてお話しすることだってできるのよ。子供たちは私の声をよく聞いていたみたい。でも、あんたはまるで無視だった」

「無視?何も聞こえなかったよ・・」

「何を言っているの。心の中で語らなければ聞こえないのよ。ちゃんと耳を澄ませば誰にだって聴こえるのよ」

「そう・・」

「ねえ、ねえ。私たちの娘に声をかけてみて・・」
「うん。幸恵、元気か?お父さんも元気だよ。お母さんと幸せに暮らしているよ。安心してくれ・・」


娘は掃除の真っ最中だったが、ふと後ろを振り返った。
「おい、おい、お父さんはここだよ。お母さんもいるんだよ・・。」

不思議そうな顔で掃除機を置いて、仏壇の前にきて両手を合わせている。
「お母さん、お父さん元気ですか?私も家族みんなも元気です。いつもありがとう。また、会おうね、きっと。私、幸せよ。ありがとう・・」

「・・・聞こえる、お前、聞こえるよ・・娘の声だ・・。嬉しいなあ、幸せだなあ、涙が止まらないよ」

「馬鹿ね、あんたは。幸恵、元気でいてくれてありがとう。愛しているよ。生まれて来てくれてありがとう。もう一度逢いたいね。もう一度私たちの子供でいてほしい。あなたを思いっきり抱きしめたい。母さんたちも幸せよ、とても」


僕と妻は二人で泣いた・・。

娘の声が聴こえる。

「ママ、パパ、待っていてね・・必ず、逢いに行くからね・・」


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©NPО japan copyright association Hiroaki


ありがとうの風

そこで泣かないでください  
わたしはそこにはいません
悲しんだり、寂しがったりしていません

わたしは幾千の風のなかで
静かに、静かに舞い散る雪と
とても優しい雨の滴と
たわわに広がる麦畑と          
朝の静けさの中にいます
                    
わたしは幾千の風のなかで
美しく飛び回る優雅な鳥立たちのなかに
美しく夜空を照らす星の光のなかに

わたしは幾千の風のなかで
美しく先開く花々のなかに
あなたの静かな部屋の中にもいます
美しい飛び回る鳥たちのなかにも
美しいものすべてのなかにいます

だから、
そこで泣かないでください  
わたしはそこにはいません
悲しんだり、寂しがったりしていません

だから、
そこで泣かないでください  
わたしはそこにはいません
悲しんだり、寂しがったりしていません

わたしは死んでなんかいません
わたしはいつも、あなたのそばにいます

作者 MARY E.FRYE(マリー・E・フライェ) 創訳COUCOU

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coucouです、みなさま、ごきげんよう!

「わたしは死んでなんかいません
わたしはいつも、あなたのそばにいます」

もしかすると、死などは存在していないのかもしれませんね。お坊様の口癖の中に、「あの世とは、あると思えばある。ないと思えばないもの」といいますが、誰にも証明することができないことは事実です。誰にも、あるとも、ないとも言えないからです。

マリーさんのいう、「わたしはいつもあなたのそばにいます」、という言葉はとても鮮烈に感じてしまうのは私だけなのでしょうか?

でもね、いつもそばにいてくれるって、嬉しいね。

私も、好きな人のそばにいられるなら、幸せですね。

そう、信じてみようと思っています。

逢いに行くから待っててほしい…。



では、またあしたね!


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