191.心のうた『たった、十五分間の幸せ』アンネ・フランク
『花売り娘』
朝七時半、村はずれの小さな家から小柄な女の子が両手いっぱいに花のどっさり入ったバスケットをかかえて一日の仕事を初めます。
女の子は毎朝村で顔を合わせる村人たちにいつも笑顔で明るく、ニッコリと挨拶します。
村人たちは、うなづき返しながらその女の子に同情していました。「道は遠すぎるし、仕事も辛そうだし、なんといってもあれだけの花の量は重すぎる、それに十二歳のこどもじゃあないか…」
女の子の名前はクリスタといいます。
クリスタはこの村人の人たちの同情されていることなどわかりません。
ただ毎朝花を売り歩く花売り娘だからです。
クリスタはかなり足は速くて元気がいい娘です。毎日どんどん歩きます。でも町は遠く、一生懸命歩いたとしても二時間半かかります。それにどっさりと入った二つの重い、重いバスケットがあります。たしかに十二のこどもの抱えられる量ではありません。
やっと町に着きます。クリスタは汗びっしょり、疲れきってもうヘトヘトでした。もうすぐ、もうすぐ市場に着く、着いたら少し休める、だからもう少し、もう少しだけ頑張るんだと自分を励まし続けました。
クリスタは決して休もうとはしません。市場まではスピードを落とすこともしません。少しでも早く、一歩でも早く歩き続けます。そして、市場でやっと腰をおろしお客を待つのです。
でも、なかなか売れません。ときには一日中待っても売れない時もあります。今どき、こんなに哀れっぽい花売り娘から買おうとする人は、そうたくさんいるわけではありません。売れずに残れば、また同じ道をバスケットに残った花を持って帰る日が多いのです。
しかし、今日は違います。水曜日はいつもこの市場は混み合い賑わうからです。クリスタの横では、まわりのおばさんたちが大きな声を張り上げます。皆、とても大きな声のため、幼いクリスタの声はまるで届きません。この賑わいが、まるで怒鳴り声のように市場をこだましています。それでもクリスタは、その騒音の中で精一杯声を一日中張り上げ呼び続けます。
「いかがですか、きれいなお花。一束十セント!わたしのとこの、きれいなお花を買ってちょうだい!」
その中で、一部の買物をすませた人たちがその花に気づいてクリスタの花束を買ってくれる人もいました。
こんなとき、クリスタは嬉しく、涙が止まらないときもありました。
十二時になるとクリスタは市場から少し離れたところに行きます。それは、そこのコーヒースタンドの主人がいつも無料で砂糖とミルクのたっぷり入ったコーヒーをプレゼントしてくれるからです。そのあとクリスタは元気を取り戻し、声を張り上げて花売りを続けます。
花売りの仕事は午後三時半になると終了です。クリスタは重いバスケットと残った花を持って村に向かって戻ることになりますが、帰りは時間を気にすることなく、ゆっくり、ゆっくりとした足どりで戻ります。だってなんといっても疲れて、疲れて、くたくた、声もかれ、疲れきってしまっているからです。
帰り道は三時間かかるので、家に着くのは六時半頃。家の中は出たときのまま、バラバラと散らかっているまま。
クリスタは二人で暮らしています。クリスタには少しだけ年の離れた姉さんがいますが、姉さんは朝は早くから夜遅くまで村で働いているため、姉さんの食事の用意をしたり、掃除したり、片付けする時間になります。七時半までに姉さんが帰るので、それまでに準備して、姉さんと一緒に食事します。
そして八時になると、クリスタはもう一度大きいバスケットをふたつ腕にかかえ、あちこちの野原に出向き花を摘みます。
大きいお花、小さいお花をいろいろバスケットに入れます。そして夜、明日の分を摘みます。終わりはバスケットがいっぱいになったときです。
クリスタは、この終りに草の上に寝転がると両腕を頭の下にくんで空と星を見上げます。このときが、クリスタのとても大好きな十五分間。クリスタはこの十五分間の時は幸せの時間だと信じていました。
この働き者の小さな花売り娘のことを決してかわいそうだなんて思わないでください。この素晴らしいひとやすみがある限り、クリスタの毎日は決して不幸ではありません。
うす暗い空の下、花の咲きこぼれる野原のまん中でクリスタは幸せを想い、満足しきっています。疲れは消え、市場も消え、人々も消えます。この小さな娘は、ひとりきりになって神様や自然といっしょにいられる、天国のような毎日を持てますようにと、ひたすら願って夢見るのです。
アンネ・フランク「花売り娘」より
1944年2月20日、アンネ・フランクは「花売り娘」という童話を創りました。アンネ・フランクといえば1929年6月12日、ドイツのフランクフルト市で裕福なドイツ系ユダヤ人家庭の二女して生まれました。1933年、迫害の手を逃れ一家はオランダのアムステルダム市に移住しますが、1942年7月、姉マルゴーの召喚を機に一家は隠れ家生活に入ります。しかし、1944年8月4日、密告により連行されたアンネはアウシュヴイッツ、ベルゲン=ヘルゼンに送られ、そこでチフスになり、15年の生涯を終えてしまいました。
1945年2月末から3月初めといわれている。1942年6月12日から1944年8月1日まで書きつづられた日記「アンネの日記」は世界中の人々の胸を打ちました。
アンネ・フランクは2年あまり隠れ家生活で、日記以外に書かれた16編のエッセイと、童話が14編あり、この「花売り娘」はその中の一つです。
アンネは童話やエッセイや日記の中でくり返し書いていることがあります。それは、「陽のあたる野に出て草にすわり、空や樹木を眺めると神様を身近に感じる、だから恐怖も孤独も貧しさも絶望もすべて消え去って幸福を得るのだ」ということを、くり返し書いていました。
おそらくアンネは隠れ家の中で、美しい自然の中で新鮮な空気をたっぷりに吸い、15分でいいからクリスタになりたかったのでしょう。
こんな素敵なお話もあります。
『リーク』
4時15分のこと。わたしは静かな通りを歩いていました。
近くにケーキ屋さんがあり、そこに入ろうとしたら、横道から10代の少女がふたり、腕をくんでおしゃべりしながら出てきました。この年頃の女の子たちのおしゃべりを聞いているだけで、わたしまで元気になります。
それにしてもこの女の子たちはよく笑います。
つまらないことに笑いこけるだけでなく、笑いたくない人まで笑わせてしまいます。
そこでわたしは、ふたりの後について、こっそりとおしゃべりを盗み聞きしました。少女たちは10セント持ってケーキを買いに来たのでした。何を買おうかと真剣に相談しているようです。話をしているだけで、もう、よだれが落ちそう。
2人はケーキ店のショーウインドウの前に立ち、覗き込んでいるあいだもおしゃべりは止まりません、わたしもどのケーキが美味しいか、まず目でじっくり味わいました。少女たちはどれにするか決めるとやっと店に入りました。
お店の中はすいていて、少女たちはお目当てのフルーツ・タルトをひとつづつ買いました。めずらしいことに、ふたりはその場では食べず、タルトを持って外へ出ていきました。
数分後、わたしも買って出ると、さっきの二人があいかわらず大きな声でしゃべりながら先を歩いていました。
つぎの角にはもう一軒のケーキ屋があり、小さな女の子がいかにも食べたそうにウインドウを眺めていました。
そこを通りかかったふたりは、その女の子に話しかけ、「おなか空いてるの? おちびちゃん。フルーツタルト食べたい? 」
その子はもちろん「うん」と答えました。
「ばかねリーク」と、もう一人の女の子が言いました。
「早く食べなさいよ、わたしみたいに。その子にやったら、あなたの分がなくなるでしょ」
でも、リークは何も言わないで、そのフルーツタルトを見て、その女の子を見て、もう一度タルトを見、そのお菓子をバッと女の子に渡したのです。
「これ食べて。わたしは晩ごはんに帰るんだからいいの」といい、女の子がありがとうも言えないうちにリークと友だちの姿は消えました。
そこをわたしが通りかかると、その子は美味しそうなフルーツタルトをほおばりながら、わたしの方に差し出しました。
「食べない? これ貰ったのよ」
わたしはそっとお礼を言って、にっこりと笑って通り過ぎました。
ねえ、このフルーツタルトで最高にうれしい思いをしたのは誰だったと思いますか?
リーク、リークの友だち、それとも小さな女の子?
わたしはリークだと思います。
「アンネ・フランクの隠れ家からの物語集」冒頭より「アンネ・フランクの童話」中川李枝子訳(文春文庫)
coucouです。みなさま、ごきげんよう!
年末にかけてしばらく入院していました。両手足身体中に管をつけられ一切身動きのできない、まったくの自由のない日々を過ごしながら、私はアンネを想い出しました。アンネの日記は誰もが知っていますが、アンネが創作した物語の存在をあまり知る人はいません。
私のように病気で自由を奪われている者と、身体も心も自由な15歳足らずの女の子が隠れ家にひそみながら何を考え、何を思うのでしょう?
いつ捕まるか、大好きな家族と離れ離れとなる。
何よりもみんなが殺されてしまうという恐怖の中でアンネはこのような物語を16編も書きまとめました。
あまりにも悲惨な状況下の中でどうしてこんなに素晴らしい物語がかけたのだろう?私はその状況の中で、これだけの純粋な心と、思いに胸を打たれたのです。
どうして?
たった15分、わずか15分、外に出たい…。アンネはその思いを物語に託しました。その物語の中は平和そのもので、愛する人たちばかりが平和に暮らしていて、自由にどこでも行ける、アンネが望んでいた世界、そんなアンネの物語でした。
私はこの物語を高校生の時に読んで、何度読んでも涙が止まらなかったことを想い出しました。
私は当時、これからどんな不自由なときが来ても、アンネの純粋な心を忘れてはいけないと誓ったことを覚えています。
術後の壮絶な痛みの中で、私はアンネを想い出しました。私たちは二度とそんな時代にしてはならないし、そんな生き方をしてはなりません。私はアンネのように外の美しい世界、かけがえのない人たちとの会話を続けていました。
もうひとりのアンネ、もうひとつのアンネの物語り。アンネはこうして自分を見つめ、勇気を与え、希望を持ち、自分を励まし続けてきたのですね。
今日も、最後まで読んでくれて
みんな~
ありがとう~
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