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25.いのちの歌をうたうひと


「いのちのうたを歌うひとたち」


 「お父さんがきっと治してくれる」

カールは十六歳。アメリカはオレゴン州の片隅で大きな病院の医院長さんの息子です。父、ハーマンは六十五歳。生まれたのが少し遅いこどもでしたが、やっと念願の男の子が誕生し、先々は自分の仕事のあとを継がせる夢がありました。
またカールも父のことを心から尊敬し、子どもの頃から父の仕事を身近で見ていて、大きくなったら父のように多くの人たちを救いたいと願っていたのです。
父の帰りは日々遅く、ほとんど家にいない時が多く、それでもわずかな時間の中で、母と三人で食事が出来ることがとても楽しみでした。
もちろん、話題は病院での話が多いのですが、カールは父の話を一生懸命に聞きます。また、ハーマンはカールの質問にもめんどうくさがらず真剣に、病気治療のことや技術的なことなども教えていました。

カールはそんな父親が大好きだった。

「早く父のようになりたい」と、十六歳の頃から願っていたのです。
そんな時、あることでハーマンは悩んでいました。それは、自分の親しい友人夫婦のこと。それは、ご主人は奥さんが助からないことを知っており、奥さんの方も自分が死ぬことを知っていて、とうとうお互いが最後まで死を口にしないで終ってしまったことでした。
ハーマンは、助からない人に、死を知らせることの是非について苦しんでいたのです。
すると、カールは、
「お父さん、そんなに苦しまないで。それでよかったんだと思う。」
「どうしてだい。」
「だってお互いが助からないことを知っていた訳でしょ。それにお互いが信じあっているから口にしなかったんだよ・・・」
「・・・・・・・・・・・・。」
ハーマンはこの時、あまり意味がわからなかった。
この言葉の意味をハーマンが知ったのは、それから八年後のことでした。

カールは十七歳、体に変調をきたし、父の病院で検査することになり、癌が発見されていました。
十八歳になるまでの一年間、じわじわと癌が広がり、カールはこの世から去るのです。
その間、カールは病室の中でも明るく、笑顔を絶やさず、医師である父とともにこの病気と戦うのです。
カールの口グセは、『お父さんがきっと治してくれる』と周囲に言い続けていました。
しかし現実は、父のハーマンにとって地獄の日々です。完全に自分を失っていました。

「どうしたらいい」「どうしようもない」「打つてがまるでない」
カールは私がきっと治してくれると心から信じている、それを裏切ることなんてできない。
「神はなんて苦しい試練をあたえるのか」、ハーマンは自分の医術や神さえも疑ました。
ハーマンは、このことを妻に語ります。
「息子の病室に入るとき、いつも自分に勝たねばならない。息子は確実に死に向かって病気は進んでしまっているのに、会う人だれにでも『お父さんがきっと治してくれます』という。それを耳にするとたまらないだ・・・・・」
妻は黙って聞いていたが、一言、ハーマンにいった。

「カールはあなたを心から信じて、愛しているのよ・・・・・」
ハーマンは、この時の妻の言葉の意味もわかりませんでした。

『きっと治してくれる』という言葉は、ハーマンの胸に突き刺さるのです。ハーマンは病室にいるカールに対して、唯一できることは、少しでも明るく、笑顔でふるまい、少しでも希望を与えることが重要な仕事になっていました。そしてハーマンは、悲嘆と苦しみでズタズタになり、最愛の息子が亡くなってから八年以上もの間、荒れすさんでいったのです。

 
8年たった今でも、『お父さんがきっと治してくれる・・・・・』という言葉が頭からまるで離れなかったのです。

そしてある日、妻がハーマンにこんなことを伝えました。
『カールは、助からないことを自分ではっきりとわかっていたんです。ある時、わたしにそれを打ち明けました。「でも、父を少しでも明るくしてあげなければ。だからいつも、父がきっと治してくれると、みんなに言っているんだ」といいました。』

父親は息子が死ぬのをわかっていました。息子は息子でそれがわかっていました。母も知っていました。
なのに息子は『お父さんがきっと治してくれる』と言い続けました。大好きな父の感情の動揺を避けるため、また父を慰めるためだったのです。
この一年間、カールは父に愛というプレゼントを送り続け毎日、毎日、自分が明るく、笑顔でいることが最高の贈り物だと信じていたのです。

だから、妻は「あなたを心から信じ愛しているのよ・・・・」といったのです。その意味を八年後にハーマンは始めて理解したのでした。

父が悲しめば、息子も悲しくなる。父が苦しめば、息子も苦しくなる。父が喜べば喜びになる。息子が喜べば、父にとっても喜びとなる。
ここには三人の別々の物語が存在しました。カールにとって、この一年間は悲劇ではなく、最高に充実した一年でした。父にとって最悪で地獄の一年でしたが、今では、その一年は人生の最大の素晴らしい一年に変わったのです。
その後、ハーマンは多くの病気のこどもたちに「きっと治る、必ず治るよ」といい続けて、この一年間の財産を多くの人たちに分け与え、多くの人たちに希望を与え続けている。(実話です)
ハーマンの人生、それはカールとともに生きています。


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追記 この話は実話です。私が不治の病にかかっていた子どものころ、医者が私を見放しても、私の父は最後の最後まで諦めませんでした。そして、病院から私を抱えて脱走し、「お父さんは、必ずお前を治すから…。直して見せるから…。」といいました。私は諦めていましたが、父のその言葉だけを信じてやがて快方に向かいました。私は父に差し上げられることは、明るく、笑顔で、微笑むことだけです。父は必ず微笑み返してくれました。あれから50年を過ぎた今、その笑顔はいまだに忘れることができません。しかし、父が病でこの世を去るとき、私は涙の深い海を漂い続けていました。最後の最後まで94歳となった父は私のために生きようとしていたからです。笑顔で「僕が必ず助けてあげるから…」と言えないまま、お別れができなかったことを今でも悔やんでいます。

でも私の人生は、父とともに生きています。


coucouwです。

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