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なぜ「改革」は合理的に失敗するのか 改革の不条理 (菊澤 研宗)

 菊澤研宗氏の著作は、以前読んだ「『命令違反』が組織を伸ばす」に続いて2冊目になります。
 本書のタイトルもなかなか興味を惹きますね。合理的(と考えている)行動が失敗を招くという筋書きからいうと、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」を思い起こさせます。

 著者がいう「改革の失敗(=不条理)」には3種類あります。

(p17より引用)
「全体(社会)合理性」と「個別(私的)合理性」の不一致によって起こる不条理・・・
「効率性」と「正当性(倫理性)」の不一致によって起こる不条理・・・
「長期的帰結(利益)」と「短期的帰結(利益)」の不一致によって起こる不条理・・・

 本書では、これらの不条理の分析を試みるのですが、その立論においてキーになる理論は「新制度派経済学」から3つ。「取引コスト理論」「エージェンシー理論」「所有権理論」。そして、「行動経済学」からは「プロスペクト理論」です。

 まずは、「取引コスト理論」。

(P18より引用) この理論では、すべての人間は完全に合理的でもないし、完全に非合理的でもなく、ある程度合理的であると仮定される。・・・
 このように、限定合理的な人間世界では、取引を行う場合に「取引上の無駄」が発生する。・・・このとき、発生する人間関係上の駆け引き(無駄な手間暇)のことを「取引コスト」と呼ぶ。

 この「取引コスト」は会計上には表れません。が、実際はビジネス推進上大きな阻害要因になります。こういった「取引コスト」を避けようとする際、人間は不条理に陥るとの考えです。

 あと二つの理論も、それらが説明する発生事象の概略だけ書き止めておきます。

(p24より引用) 「エージェンシー理論(Agency Theory)」では、・・・すべての人間関係が「依頼人(principal)」と「代理人(agent)」というったエージェンシー関係で分析される。・・・
 ・・・両者の利害が不一致で情報が非対称な関係-エージェンシー関係-のもとでは、エージェントは取引契約後にプリンシパルの不備に付け込んで、隠れて手抜きを行って利己的利益を追求した方が合理的となる。

 これは、「道徳欠如(moral hazard)」の問題です。
 そして、次。

(p30より引用) 「所有権理論(The Theory of Property rights)」・・・によって、「財産や資源をめぐる所有関係の不明確さが、結果的に資源の非効率的で不正な使用に導く」ことが明らかにされた。簡単にいってしまえば、「人間というものは自分の所有物は大切に効率的に扱おうとするが、自分の所有物でなければ大切にしない」ということを説明する理論である。・・・
 そして、そのような財の所有権が不明確な世界では、財の使用によってもたらされる効果-プラスもマイナスも含む-を誰にも帰属できないような無責任な事態が起こる。

 最後は、行動経済学における中心理論「プロスペクト理論(Prospect theory)」です。

 この概念の概要はこうです。
 まず、横軸に「利益・損失」を、縦軸に「心理的価値(満足・不満足)」をとったとき「S字型の曲線」で表されます。レファレンスポイント(2軸の交点)を境に、相対的利益が増加するほど心理的満足の増加傾向は逓減する傾向(感応度逓減)と、同一単位の利益と損失の場合、損失による心理的不満足の程度が増すという傾向(損失回避)が、このグラフにより説明されるのです。
 こういった経営者の心理状態が、たとえば、赤字ビジネスへの固執といった行動を生み出し、結果として、合理的な企業改革を妨げているのだと著者は指摘しています。

 「プロスペクト理論」で説明される最悪の例の一つが、第二次大戦期ビルマで敢行された「インパール作戦」における牟田口中将の行動です。

(p141より引用) この事例から学ばなければならないのは、マイナスの心境で改革を進めることは危険だということだ。リスクの高い方向へと改革を進め、改悪となって合理的に失敗する可能性が高い。このような改悪の不条理を避けるには、プラスの心境にあるメンバーを集めて改革を進める必要がある。

 著者のこの指摘は至極当然ではありますが、現実には、同様の環境下において「プラスの心境にあるメンバー」を集めること自体、また、そういう心境に至る人を生み出すことこそが困難なのです。

 その点に関しては、本書の後半では、著者は、カントの「実践理性」等の概念を紹介しつつ、「自律的人間」の重要性に言及しています。が、このあたり少々論理的な飛躍や実社会環境の現状とのギャップがあって、つい左脳的論理展開という印象を強く感じてしまいます。

 著者の着眼は面白く、大変読みやすい本なのですが、立論が淡白でステレオタイプすぎるのが残念です。



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