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イノベーションのジレンマ (クリステンセン

顧客重視のジレンマ

 かなり旬はすぎているのでしょうが、やはり通しで読んでおこうと思って手に取りました(元のBlog記述当時)。

(p7より引用) 企業の成功のために重要な、論理的で正当な経営判断が、企業がリーダーシップを失う原因にもなる。

とあるように、本書の真髄はオッと思うようなセンセーショナルな指摘にあります。

 その論旨は最終章にまとめとしてコンパクトに整理されています。
 まずは、市場(ニーズ)と技術の進歩のテンポのズレを議論の前提とします。

(p267より引用) 第一に、市場が求める、あるいは市場が吸収できる進歩のペースは、技術によって供給される進歩のペースとは異なる場合がある。

 そのため、既存技術を前提とした市場に、新たな技術(による製品)が、その市場の許容する最低水準の機能レベルを満たした形で参入してくることがあります。
 ここから、優良企業の論理的かつ正当な経営判断が動き始めます。

(p268より引用) 第二に、イノベーションのマネジメントには、資源配分プロセスが反映される。
(p268より引用) 第三に、あらゆるイノベーションの問題には、資源配分の問題と同様、市場と技術の組み合わせの問題もともなう。成功している企業は、持続的技術を商品化し、顧客が求めるものを絶えず改良して提供する能力に長けている。この能力は、持続的技術に取り組むには貴重だが、破壊的技術に取り組む際には、目的をはたすことができない。

 成功している企業は、現在の顧客のニーズを、従来技術の改良により充足させようとします。その論理的な判断は、現在の顧客に受け入れられないような技術に対して、企業の限られた資源を分配しようとはしません。

(p269より引用) 第四に、たいていの組織の能力は、経営者が考えるよりはるかに専門化されており、特定の状況にのみ対応できるものである。

 論理的な判断のベースには、通常「情報」があります。
 この点も、破壊的技術を扱う場合はだいぶ勝手が違います。成功している企業は、そもそも破壊的技術に関する情報を持ち合わせていないのです。

(p270より引用) 第五に、破壊的技術に直面したとき、目標を定めて大規模な投資を行うために必要な情報は存在しないことが多い。コストをかけず、すばやく柔軟に市場と製品に進出することによって、情報を生み出す必要がある。

 破壊的技術と持続的技術は、基本的なコンセプトが全く異なります。
 したがって、分割損とかを気にすることなく、それぞれに対して全く別の取り組みをしなくてはならないと言います。

(p270より引用) 第六に、つねに先駆者となる、つねに追随者となるといった一面的な技術戦略をとるのは賢明なことではない。企業は、破壊的技術と持続的技術のどちらに取り組むかによって、明確に異なる姿勢をとる必要がある。

 持続的技術にもとづく市場戦略は従来からの“オーソドックスな王道”があります。
 クリステンセン氏は、その王道が、破壊的技術による市場参入を阻む最大の障壁だと指摘します。

(p270より引用) 第七に、・・・新規参入や市場の移動に対しては、経済学者が定義し、重視してきたような障壁とはまったく別の、強力な障壁がある。・・・破壊的技術は、投資することが最も重要な時期にはほとんど意味を持たないため、実績ある企業の慣習的な経営知識が参入や市場移動の障壁になることはまちがいないと思ってよい。この障壁は、それほど強力に浸透している。

 そしてその障壁を越える方策を次のように示します。

(p271より引用) 実績ある企業でも、この障壁を超えることは可能である。・・・持続的イノベーションと破壊的イノベーションというまったく異なる仕事を、顧客に邪魔されることなく、支援できる環境をつくる必要がある。

 本書で論じているジレンマは、「従来からの顧客(を重視すること)によるミスリード」が根源とも言えます。
 それゆえ、従来型の顧客重視の優良企業はすべて、「破壊的技術」に直面すると打ち手を誤り、市場から去っていくことになるというのです。

ジレンマのメカニズム

 クリステンセン氏の説く「イノベーションのジレンマ」のメカニズムは、簡単に示すと以下のようなものです。

(p18より引用) 製品の性能が市場の需要を追い抜く現象が、製品のライフサイクルの段階を移行させる最大のメカニズムであると考える。
 企業は、競争力の高い製品を開発し優位に立とうとするために、急速に上位市場へと移行しており、高性能、高利益率の市場をめざして競争するうちに、当初の顧客の需要を満たしすぎてしまったことに気づかないことが多い。そのため、低価格の分野に空白が生じ、破壊的技術を採用した競争相手が入り込む余地ができる。

 破壊的イノベーションは、自分が所属しているマーケット(バリュー・ネットワーク)において0「ゼロ」から生まれてくるものではないようです。別のバリュー・ネットワーク(通常は、よりベーシックなマーケット)で生まれ育ちます。
 優良企業たるもの、そのイノベーションの動向は、きちんと感知しているのです。そして、それに対応する(同様の技術を習得する)準備も怠り無く実施します。そして、顧客の声も聞きます。
 が、ここが重要なポイントになるのです。

 顧客は現状の技術トレンド上の製品に満足しています。当然、現時点ではまだ何のメリットもない新技術を活用した新たな製品を評価しません。
 そのため、顧客の声に忠実な既存主要企業では、新たな技術への投資よりも、既存技術の充実にリソースを集中するのです。

 そのうち、別のバリュー・ネットワークでの技術が、上位のバリュー・ネットワークのマーケット(すなわち、自社が拠って立っている市場)の顧客が許容する水準の機能及び価格で参入してきます。
 この過程で、この別のバリュー・ネットワーク内の技術が「破壊的イノベーション」に変身するのです。

 破壊的イノベーションといっても、それは画期的な新発明といったとびきりピカピカのものとは限りません。
 当該技術が適応する別のマーケットでじわじわと力を蓄え、そこで磨かれたものが、満を持して上位マーケットに攻め込んでくるのです。

(p108より引用) 実績ある企業は、いつも新しい技術を確立された市場に押し込もうとするが、成功する新規参入企業は、新しい技術が評価される新しい市場を見つける。・・・
 新規参入企業は、まず、当時の新技術の能力に見合った市場を見つけ、その市場で設計と製造の経験を積み、その商業的基盤を利用して上位のバリュー・ネットワークを攻撃した。この競争で、実績ある企業は負けた。

 顧客の声の妄信

 クリステンセン氏の立論においては、「顧客の声への対応」がひとつのポイントとなっています。

(p80より引用) 「顧客の意見に耳を傾けよ」というスローガンがよく使われるが、このアドバイスはいつも正しいとはかぎらないようだ。むしろ顧客は、メーカーを持続的イノベーションに向かわせ、破壊的イノベーションのリーダーシップを失わせ、率直に言えば誤った方向に導くことがある。

 成功企業の失敗は、破壊的技術を現在の主流顧客のニーズに合わせようとすることが根本原因です。

(p24より引用) すぐれたマネージャーは顧客と密接な関係を保つという原則に盲目的に従っていると、致命的な誤りをおかすことがある。

 成功している優良企業、その中の優秀なマーケティングスタッフは、当然のごとく顧客志向で判断しますから、必ずこの落とし穴に嵌ってしまうのです。

(p19より引用) 主流顧客がどのように製品を使うのかといった動向を注意深く判断する企業だけが、市場で競争の地盤が変化するポイントをとらえることができる。

 ここでのポイントは「顧客がどのように『使う』のか」を把握することです。買われ方だけでなく、使われ方まで理解しないと、現在の提供機能が、不足しているのか、適切なのか、過剰なのかは分かりません。
 過剰スペックの製品を提供しつづけていると、いつか、許容最低限の機能をもち、信頼性や利便性、さらには価格といった面で強みをもつ破壊的技術を抱えた新規参入企業に主役の座を奪われることになるのです。
 顧客を「購買者」としてのみ見てはならないということです。「利用者」として見るという別の視点が「ジレンマ」脱出のカギになります。

破壊的技術の活かし方

 製品のライフサイクルについては、従来からいろいろなモデルが提唱されています。たとえば、

(p228より引用) ウィンダミア・アソシエーツは、「購買階層」という製品進化モデルを作成した。このモデルは、機能、信頼性、利便性、価格の四段階を一般的なサイクルとしている。・・・購買階層のある段階から別の段階への移行を促す要因は、性能の供給過剰である。・・・
 このような機能から信頼性、利便性、価格へと至る、競争地盤の進化のパターンは、これまでにとりあげた市場の多くにもみられる。実際、破壊的技術の重要な性質は、競争地盤の変化の先触れであることだ。

 破壊的技術は、この競争地盤内のポジションや競争地盤間の移行の要因のひとつだと言えます。

 競争地盤内の影響という点では、

(p230より引用) まず、主流市場で破壊的製品に価値がない原因である特性が、新しい市場で強力なセールス・ポイントになることが多い。

 また、競争地盤間の移行への影響という点では、

(p230より引用) つぎに、破壊的製品は、確立された製品に比べ、単純、低価格、信頼性が高い、便利などの特徴を備えていることが多い。

 破壊的技術は、競争地盤内でのポジションを高め、それを踏み台に上位市場に参入し、その市場の「購買階層」を変化させるのです。

 さて、このような破壊的技術の特性の理解を前提にして、本書の第9章で破壊的技術の活かし方に触れています。
 ここでは、電気自動車を潜在的に破壊的技術だと想定し、電気自動車普及に向けた具体的マーケティング戦略を策定する際の3つのポイントを記しています。

(p251より引用) 第一に、電気自動車は主流市場の基本的な性能要求を満たしていないため、当然ながら、電気自動車は最初は主流の用途には使えないことを認める。

 ということは、破壊的技術の適応先としては(逆に)主流以外の用途を探せばいいのです。

(p252より引用) 第二のポイントは、電気自動車の初期の市場がどのようなものになるかは市場調査ではわからないことだ。

 この点は、本田宗一郎氏「顧客にアンケートをとるのは無意味だ」と話されていた姿勢に通じるものがあります。破壊的技術は、顧客も理解していないわけですから、マーケットに聞いても無駄です。
 開発側で知恵を絞るか、ともかく、何か市場に出してみてその反応を見るとかの方法しかありません。

 そういう意味で、破壊的技術を扱う場合は、次のような試行錯誤のプロセスを当初から意識して取り組む必要があるのです。

(p253より引用) 第三のポイントは、この事業は既知の戦略を実行するためではなく、学習のための計画である必要があることだ。・・・過ちをおかしたら、できるだけ早くなにが正しいのかを学ぶように計画する必要がある。・・・二回目、三回目の挑戦のために資源を残しておく必要がある。

 ただ、そもそも、ある技術が「持続的技術」か「破壊的技術」か、その見定めが肝になります。
 どうも「破壊的技術」というのは、「結果」のような感じもします。既存市場に新技術を搭載した製品が参入した際、それが、従来の当該市場の許容機能を満たしていて、かつ、従来の製品にない「新たな価値」を有していた場合、それが(結果的に)「破壊的」になるということです。

 だとすると、顧客が「新たな価値」を評価するかどうかの読みが決め手になります。
 結局は、やはり「顧客」に立ち戻るのです。


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