宮古島カツオノエボシ事件【後編】
宮古島の宮古ブルーの中でごきげんで2人でウミガメと共に泳ぐイメージを抱いていたのに、なぜこうなったのか。(前編はこちら↓)
私はただひたすら、できるだけ長い間、顔を海水につけておくよう指示され、水中メガネとシュノーケルをつけてただ言われるがまま顔をずっと海につけて、脱力し、無の境地になった。
そして北川ちゃんと手を繋いで岸まで運ばれる私。北川ちゃんは次から次へと女とイチャイチャする色男である。
油断して顔を上げていると、「海水に顔つけて!」と注意され、また顔面は海水へ。
顔の痛みに耐えながら北川ちゃんから説明を受けたのだが、どうやらこの顔の痛みは「カツオノエボシ」と呼ばれる通称:電気クラゲの仕業らしい。
海に入る前にセンシティブになっていたしめちゃんに聞かれて、この時期はクラゲはあまりいない、と答えていた北川ちゃん。
しめちゃんがすかさず突っ込む。
「え?この時期にクラゲおらんって言ってたやんか」
あんなに海に入る前にパニックになっていたのに、海水に顔をつけている私の撮影もしながらそう突っ込むしめちゃんは、いまや矛盾を責め込む余裕があり落ち着いておられて良かった。
私は子供の頃は、毎年夏休みに母方の実家の日本海の海で泳ぎまくっていたからクラゲのことはよく知っているし刺されたことがあるが、こんなに激痛が走ったことはない。
「カツオノエボシはクラゲとはまたちょっとちゃうねんけど、まあそれはええとして、台風が来たら、その影響で、この時期でもカツオノエボシがこの辺まで来ちゃうことがあるんよ。」と北川ちゃんが焦って捲し立てていた。
北川ちゃんが言うには、すぐにカツオノエボシの毒針を取り除かないといけないらしく、浸透圧の関係で真水で洗ってはいけなくて、海水で洗って外へ出す必要があるという。
長袖のラッシュガードに水中用のレギンスを履いており大きい水中メガネもしているのに、わずかな残りの素肌部分の顔面をカツオノエボシにやられる人なんて滅多にいないらしく、北川ちゃんも少しパニクっていた。
浅瀬になっても私は海に浮いて顔を海水に浸して手を繋いで引っ張られて帰還。
北川ちゃんは私たちに「ウミガメ見たやんね?確かに見たし写真も撮ったやんね?!」と念を押す。私たちは「見たっちゃ見た...」と答えざるを得ず、「じゃあもう上がりますよ」と言ってシュノーケリング終了。
ウミガメ遭遇率98%を誇っているから見たか見てないかは大事な点らしい。
私はそれどころではない。
そして北川ちゃんと車まで戻り、北川ちゃんが車の中から慌てて茶色い物を取り出して、顔を押さえて痛がる私を車の後ろのトランクに座らせ、顔面を掴んだ。
バリバリバリ、ピタ。
顔面になんとガムテープを貼られたのである。
え、え、肌、荒れるやん。
「毒針を取り除かなあかんから」と言って、
ベリベリベリー!痛ーー!
一気に剥がされた。
私は叫び、しめちゃん直立不動。
そしてこれが延々と繰り返された。
ピタ、ベリベリベリ、痛ー!
阿鼻叫喚である。
「ハダ、アレル…」
私はうなされるようにそう呟いていたが、しめちゃんはスマホで「カツオノエボシ」を検索し、「のりまきちゃん、カツオノエボシ、ヤバいで。刺されて死ぬ人もおるって。」と余計な情報を調べて教えてくれた。
肌が荒れるどころではない。
ピタ、ベリベリベリー、痛ー!
しめちゃんはカツオノエボシの写真もついでに見せてくれて、「こんなんおった?」と聞かれたが見覚えがないし、それどころか、なんて美しいのカツオノエボシ、と感心してしまった。
ピタ、ベリベリベリー、痛ー!
「宮古ブルーの美しさに溶け込んだんちゃうか」
「カツオノエボシもむちゃくちゃエボシブルーやん」
「ほんで、死ぬんか?」
ピタ、ベリベリベリ、痛ー!
北川ちゃんは毒針摘出に専念しながら、「大丈夫、死なへん!」とERドクターのような心強い言葉をくれる。
ドラマのようだ。
周りにいた地元の人も数人集まってきて「カツオノエボシか?」とヒソヒソ言われる。
ピタ、ベリベリベリ、痛ー!
多分ちぎれたカツオノエボシの長い触手の一部分が流れてきて、私の顔をかすめたんじゃないか、というのが北川ちゃんとしめちゃんの話し合った末の見解。私にとってはどうでも良いが。
ピタ、ベリベリベリ、痛ー!
いつまでやるんやというくらいにこれを続けて、ガムテープがなくなりそうだし、私の右半分の顔の皮膚もなくなりそうである。
とりあえず、応急処置は終了し、「これで取り除けたと思う」と言って私の命を救った北川ちゃんが隣に座った。
北川ちゃんは、「とにかく冷やし続けて。数時間したら腫れてくると思うし、もしかしたら高熱が出るかもしれへんから」と言う。
「そうなったらすぐに、泊まってる宿の近くに夜間の救急を受け付けてる徳洲会病院があるからそこへ行って」と言っている途中に私の顔を見て「ああー!」と言って、またガムテープを貼った。
ピタ、ベリベリベリ、痛ー!
「まだ残ってたわ針」とのこと。
会話の途中にいきなり相手の女の顔にガムテープを貼って剥がすなんて失礼な男ね、全く。慣れてきたけど。
とにかく冷やすこと、アルコールは控えること、熱が出るとか体に異変が起きたらすぐ病院へ、何かあったら俺に電話して、と念を押されてウミガメシュノーケリングは終了。
シュノーケリングタイムのほとんどの時間に誰かがパニックを起こしていたというスリリングな体験だった。
いや、ここで終わりではなく、顔の痛みはずっと続く。
ファミリーマートに寄り、しめちゃんは缶コーヒーを買って喫煙タイムに入っており、私はお菓子でも買おうかなと物色中にふと店内の鏡を見て、また叫んだ。
「あー!しめちゃーん!来てー!」
気づいたしめちゃんがタバコを消して駆け寄る。
「見て見て!顔から針が出てる…」
2人でファミマのお菓子売り場付近の柱のところの鏡をマジマジと見る。
時間差で遅れてカツオノエボシの毒針が体外に排出されてきたのか、顔から白い小さな針がいくつも出ている。
顔から白いひげが生えてきたみたいな状態である。
「うわ、ほんまや」
ドン引きするしめちゃん。
北川ちゃんはもういない。
自分でやるしかないのである。
レジにいた店員さんにガムテープはないか聞いて、太めのセロテープを借りた。
ファミマ内の鏡の前でしめちゃんが見守る中、自分で、ピタ、ベリベリベリをやった。
繰り返し続けて毒針を取り除いた。
手に汗握る処置であった。
そして、念のためテープを買った。(夜、宿でかなりの時間差で私の顔から現れた最後の針を抜くのに使った)
この日は宮古島最後の夜だったので、居酒屋で飲み食いしまくる予定だったが、予想外のハプニングに疲れ、北川ちゃんの教えを守っておとなしくノンアルコールビールにした。
その店では、着物を着て三線を持った夏川りみを少しふっくらさせた女性が、我々の席まで来て沖縄民謡を歌ってくれるサービスがあったが、クールさを取り戻したしめちゃんは手拍子もリズムも取らずに夏川りみを凝視し、私は片手でノンアルビールのグラスで顔を冷やしながら手拍子をし聞き入った。
夏川りみの歌う「島人ぬ宝」を聴きながら、時間が経過して赤くミミズ腫れし出した顔を冷やしながら、宮古ブルーとエボシブルーを思い出しながら、長かった一日が終わった。
宮古島のブルーは本当に特別なブルーだった。
終
追記)
ウミガメシュノーケリングは、ウミガメと間近で泳いで一緒に写真を撮れる!と北川ちゃんが言っていたが、私たちはこれだけ。
全然、前情報で見た写真と違うが、なんやかんやで、すごく満足している。(本当はウミガメ越しの2人のショットを撮りたかった↓)
その日の夜も次の日も北川ちゃんが、大丈夫か確認の電話をくれた。それだけヤバい事態だったのかなと思うが、大阪人のくせに「なんくるないさー」と口から出るくらいで熱が出ずに済んだ私はやはりラッキーだと思うし、顔に冷えピタを貼った写真をイタリア人のニコちゃんに送ったら「What a pretty girl!」と返事が来たので、カツオノエボシに感謝すらしている。
いいなと思ったら、よろしければサポートをお願いします。いただいたサポートは、世界2周目の旅の費用に使わせていただきます!いつか1周目で残した宿題をしにいきます。