nori

短編小説を書いてます。

nori

短編小説を書いてます。

最近の記事

  • 固定された記事

神たらし 与太バナシ

「自転車で日本一周をした時に富士山に立ち寄って、五合目まで自転車で上がり、さて、そこから山頂を目指そうかという時に、『この相棒(自転車)をここに置いたままオレは一人で山頂に辿り着いて、それでいいのか?』と思った彼は、その相棒をその場でいくつかのパーツにばらし、背負って山頂までいったらしいんですよ」 これは、昨夜立ち寄ったバーでバーテンダーさんから聞いた、そのお店の系列店で働く後輩バーテンダーの話だ。この話だけでもしっかり濃いキャラクターだというのが伺えるのだが、このエピソー

    • 朱の中のグリコ

      「じゃんけんぽん!」「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル!」「じゃんけんぽん!」「グ・リ・コ!」元気な声が近づいてくる。小さな女の子とそのお父さんだろうか、石段を数えながら弾むように発せられる子供の声と、グーで勝った後の低い声。仲のいい親子がもうすぐ見えるに違いない。  伏見稲荷の千本鳥居。その中腹に腰を下ろし、坂を見上げるアングルでオレは絵筆を走らせていた。石段に座って坂を見下ろす方が体は楽だが、それだと千本鳥居の裏側を見る事になる。各鳥居の裏側には奉納者の名前が彫られているので目に

      • GOKAKON!

        ・1・ 「生まれてきちゃってゴ・メ・ン!」前を歩く小さな女の子が大声で歌う歌詞が耳に入って来て、オレはギョッとする。三歳くらいだろうか。少し前を歩くお父さんと五歳くらいのお姉ちゃん、隣を歩くお母さんという幸せの構図そのものがオレのすぐ目の前を歩いている。 「ちゅかあいくてゴ・メ・ン! 生まれてきちゃってゴ・メ・ン!」オレのすぐ前を歩いているその女の子は、どうやらこの二フレーズをずっと繰り返し歌っているようだ。急いでその家族を追い越す必要もないし、唐突に聞こえて来た小さな女の

        • 真夜中のオークション

           空き缶と空っぽの酒瓶、それにマグカップとグラスと書類が山になっているテーブルの上から、オレは小さな白い紙袋を発掘する。その中から、チャラチャラと軽い音を立てて出て来た薬の包装シートは全て空だった。 「マジかよ」オレは一人きりの部屋の中でそう呟いて天井を見上げる。壁の時計の針はもうすぐ二時を指しそうだ。あちこちの女の部屋を渡り歩いて、久しぶりに帰ってきたと思ったらコレだ。処方されていた睡眠導入剤を使い切り、空の包装シートだけを紙袋に戻していた数日前のオレを殴ってやりたい。ドラ

        • 固定された記事

        神たらし 与太バナシ

          夜が消えた日

           ベテルギウスが超新星爆発を起こしたと言う。天文学界隈は大騒ぎらしい。ワイドショーで「ガンマ線バーストに巻き込まれなかったのは幸いでした」と、訳知り顔で天文学者崩れのコメンテーターは言っていたが、この天文学界の一大事にテレビに出てるようなオッサンだ。信憑性がどれ程のものかは分からない。  冬の星座であるオリオン座。その一角に位置していたベテルギウスは今や小さな月のように、しかし、満月の何倍もの光をもって地球を照らしてる。  今が夏なら昼間でもその明かりが観測できたと言うが、

          夜が消えた日

          あのまばたきの意味

           オレは立川七瀬がキライだ。クラスメイト全員に分け隔てなく明るく振る舞う様も、愛らしいその微笑みも、よく通る少し高めのキレイな声も、風になびくサラサラの長い髪も、全てを見通すかのような大きな目も大嫌いだ。 「そうそう。蛇にはまぶたが無いんですよね。なので、蛇の居眠りはバレにくい。でも、人間にはまぶたがある。だから、寝ているのはバレバレですよ、田中くん。起きなさい」黒板の前に立つ生物教師の伊藤がそう言うと、立てた肘に顎を載せて寝ていたらしい田中の背中がビクンと跳ねた。教室内は

          あのまばたきの意味

          桜の砂丘

           桜の花びらで出来た砂丘を歩いてた。淡く紅い見渡す限りの白の丘を歩いてた。「誰もいないな。独りぼっちは寂しいな」と思っていたら、風が吹いて花びらを舞わせ、花吹雪の止んだ後には一頭のラクダが目の前にいた。  ラクダは優しい目を私と合わせたかと思うと、そこにしゃがみ、自分の背に一度首を向けてすぐに私に向き直り、頷くような仕草を見せた。「背に乗れ」と言われた気がして、私はラクダの背によじ登った。すると、ラクダはすぐに立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。  時折舞い上がる桜の花びらの

          桜の砂丘

          Hippy shake

           ストレスこそが最も肉体と精神を蝕むものらしい。そして文明社会というものは、便利さと快適さを人間に与えてはいるが、同時に過度なストレスを押し付け続けるものなのだそうな。  野生の中に生きる動物がストレスフリーなのかと問われたならば、答えはノーだ。野生の中に生きる……、それは常に飢餓に陥る不安と、襲われ捕食される危険というストレスに晒され続ける事に他ならない。文明社会に生きる人間と、野生に生きる動物のどちらがより大きなストレスを受け続けているのか、それは比べようがない。  

          Hippy shake

          阿吽

          「なぁ、牛田のアニキぃ」気怠そうに馬場が話してきた。 「なんだ。うるさいな。黙って立ってろ」オレは馬場に言う。オレ達は今、オヤジの家、すなわち大和愛乃組の本家の門を背に立っている。今日という日の警備を任されているんだ。無駄口を叩いて良い訳がない。 「どこかで金を借りる時なんかに、職業欄を埋めなきゃならないじゃないですか。今ならオレは門番とか警備員って書きゃあいいんですかね」馬場は構わず聞いてくる。  オレは馬場を睨みつけるが、オレ達は二人とも濃い黒のサングラスをかけている。オ

          七禍厄厄

          第一話 福呂 「よぉ、フクロウ!久しぶり!」オレは学食の最奥、柱の陰になっているせいで不人気な席として有名な、通称【アナグラVIP】に福呂を見つけて声をかけた。 「マジかよ……」そう言って、福呂は露骨にげんなりとした表情をオレに見せる。 「おいおい、そんなにイヤそうな顔をしなくてもいいじゃないか。オレは久しぶりに友達に会えて嬉しいってのに」そう言いながら、オレはアナグラV.I.P.ルームにたった一つある四人がけのテーブルの、福呂の対面に天ぷらそばを載せたトレイを置いて座る。

          七禍厄厄

          バズビーズチェア

          「座れよ。ただ座るだけでいいんだ」  正面の男は私にそう命じてくる。屋根に穴が空いているのだろう、天井からの何本かの光の筋が、舞っている無数の埃を見せている。そんな打ち捨てられた倉庫の真ん中に、ニヤニヤと笑う背の高い男が一人、その両脇にはそいつの取り巻きのような痩せた男と小太りの男がやはりニヤニヤとこちらを見ている。そして、直立で立つ私と彼らの間には一脚の椅子――アンティーク調のひじ掛けのある木製の椅子――が置いてある。 「なあに、何も危険じゃない賭けさ。あんたはオレ達の目

          バズビーズチェア

          ハンバーグ

          「あ、猪川だ」近所の川の堤防の上を歩いていたオレは、親しくもない同僚を見つけて呟いた。部署は違うが、面白くない工場勤務に耐えているという点においては同志だし、たまに聞こえてくる猪川が変人だとの噂を思い出して、オレは猪川に近づいて行く。  日曜日の昼前の河川敷にはそれなりに人が行きかっている。中学や高校の部活のランニング、老夫婦の散歩、小さな子供を連れた幸せそうな夫婦……、充実や充足、夢や希望といった明るいモノで満たされた彼らの往来の中で、一人ベンチに座っている猪川は異質な存

          ハンバーグ

          Sabbath

           知っているのはこの空だけ……、もしも私が全ての記憶を失って、今ここで目覚めたならば、そういう事になるのだろうか。そんな事を思いながら、私は空を見上げてる。  でも、全ての記憶を失ってしまったら、この船の操縦の仕方も忘れてしまってるに違いないから、それはとても困った事になる。水着で甲板の上に仰向けに寝そべって、背中と全身で船の揺れを感じながら、私はそんな事を考える。そして、何も急ぐことなんて無いのだと、再び目を閉じ、彼女の事を思い出す。  彼女とは夜の店で出会った。彼女は接

          与快弁明新法

          「こないだ、とうとう施行されたやん、与快弁明新法」 「よかい……、なにそれ?」 「あんた知らんのかいな。ざっくり言うとやな、どんな言い訳やろうが、それで相手が笑ったら、その言い訳をもって終わりとする……、言い訳をされてた側はそれ以上追及したらアカンし、笑てしもた以上、謝罪を求めてもアカンっていう新しい法律やがな」 「あーあーあー!アレか、【笑かしたら勝ち法】な!」 「そんな風に呼んでんの?まぁ、その通りやねんけど」 「国会で吊るし上げくらってしまいそうな議員がこぞって新法制定

          与快弁明新法

          A glass of water

          第一話 「魂……、というものがあるとして、それは、最小単位のものなのでしょうか」その男、ユージーンと呼ばれている恰幅のいい男は穏やかな口調で語りかけて来た。 「それはどういう意味でしょう?」オレはユージーンの言葉の真意を計りかねて聞き直す。 「洋の東西を問わず、宗教というのは人間には魂が宿っていると考えます。いえ、そういった概念を教義に取り込んでいる宗教が多い」 「ええ、そうですね。そう思います」 「そして、その魂というのは、肉体を離れた後は、死後の世界に向かうとも考えがち

          A glass of water

          方法論

          「あのさ、ちょっと殺したいヤツがおんねん」 「そういうの、やめとき。アカンて」 「ホンマ、サイテーなヤツでさ。恨み骨髄に徹すって言うかさ。許せへんねん」 「怒りとか恨みを抱えて生きるのって不健康やで? 愛をもって平和に生きようや」 「味方や思て信頼しとってんけど、後ろから銃撃される様な裏切り方をされてん」 「ま、ま、人間同士、行き違いはあるし、そんなつもりはソイツにはなかったんちゃう? そういうのんを許し合って生きるのがヒトやで。殺したいとか言うたらアカンて」 「普段の生活態

          方法論