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バズビーズチェア

「座れよ。ただ座るだけでいいんだ」
 正面の男は私にそう命じてくる。屋根に穴が空いているのだろう、天井からの何本かの光の筋が、舞っている無数の埃を見せている。そんな打ち捨てられた倉庫の真ん中に、ニヤニヤと笑う背の高い男が一人、その両脇にはそいつの取り巻きのような痩せた男と小太りの男がやはりニヤニヤとこちらを見ている。そして、直立で立つ私と彼らの間には一脚の椅子――アンティーク調のひじ掛けのある木製の椅子――が置いてある。

「なあに、何も危険じゃない賭けさ。あんたはオレ達の目の前でこの椅子に座ればいい。それだけで、あんたの望みは叶うんだ。遠慮せず座れよ」痩せた男が甲高い声で言う。
「ま、座った人間を呪い殺すといういわくつきの椅子で、俺たちが知ってるだけでもこの椅子は六人を呪い殺しているがな」小太りの男がそう言いながら飛ばした唾は、放物線を描いて椅子の背もたれの辺りに付いたように見えた。

「ふぅ……」私はため息をつく。「危険じゃない賭け、ね。ギャンブルとはリスクを被るか、リスクを乗り越えてリターンを得るか、ってそういう事だろう? 失っても惜しくない程度の金額なりをベットしたところで、帰ってくるリターンはゴミみたいなもんだ」私は痩せた男を見ながら、何の熱も込めずに淡々と言う。「そして、呪い……、ね。そんなフックでこのライブ配信を見ようって気になるのがお前達の客なんだな。くだらない」私のこの言葉で彼らのニヤニヤは少し収まったように見える。
 私と彼らの間に置かれた椅子は横を向いている。椅子が向いているその先には三脚に固定されたスマートフォン、そいつに有線で繋がったノートPCが朽ちた事務机の上に載っている。呪いに恐れをなしてなお、その椅子に座り、ナニカを得ようとする人間の姿を、閉じた会員制の動画配信サイトで流すのが最近の彼らのホットコンテンツらしい。

「金が欲しいって私の望み、あれは嘘だ」私は友人に天気の話をするくらいの口調で話す。前の三人は何かを感じ取ったのだろう、その顔にはもうニヤニヤはない。「私の望み、それはそこのスマホとパソコンがあれば叶う」椅子を撮影しているスマホに一瞥をくれながら話すと前の三人もつられてそちらに目をやる。恐ろしく落ち着いている私自身を、少し離れたところから別の私が見ているような感覚がある。私は何の気負いも緊張も無くごく自然なゆったりとした動きで、腰の後ろのズボンに挿していた銃を抜いて構え、彼らに向ける。「私の望みは、オマエ達の顧客名簿、さ」そう言って、私は引き金を引く。連続で指を動かす。乾いた音が八回鳴った。彼らには現実感の無い事だったのだろう。また、私は銃に彼らを脅したり命乞いをさせたりする用途を求めていなかった。そのせいで、彼らは銃を向けられていると自覚する間も無かったのだろう。

 二人は急所に当たったのか、倒れたまま動かない。小太りの男一人だけは地面に横たわってうめき声を上げている。それに構わず、私はスマホのレンズの前の椅子に腰をかける。
「【サトウ、シオダ、スドウのさしすShow you】だったか? くだらないYouTuber崩れのチンピラが思いつきそうなネーミングだ。どいつがサトウだかシオダだかは知らないが、私が今撃った彼らはそこに転がっている。さて、何から話そうか」私はスマホに向かって話かける。ライブ配信を見ているであろうネットの向こう側の悪趣味な人間に対して私は独り言を話し出す。
「私には娘がいてね。先日亡くなったよ。……。口に出すのもおぞましいが……。コイツ等が配信した【箱入り娘をヤク漬けにして犯しまくってみた】の被害者の一人だ。事の顛末を詳しく語るのも憚られる。が、私は親として、やると決めた」
 鼻の奥がツンとする。目の奥が熱い。親指と中指で両こめかみを抑えるように右手で両目を覆う。鼻から大きく息を吸う。そのにおいは埃とカビが肺に入った事を自覚させる。私はゆっくりと顔から手を離し、またスマホのレンズに目を向ける。
「復讐とは恐らく違う。これを復讐と呼ぶには私の今の感情は穏やか過ぎる。憎しみや怒りといった激しい感情では動いていない。……、そうだな。復讐というよりは供養だ。亡くなった娘と、他の被害者の女性達がゼロにして欲しいと願っている記録と記憶を消す為に今の私は動いている。このスマホとPC、こいつから吸い出した情報で、彼女らの記憶を持つオマエ達に辿り着く。それが、私なりの供養、だ」
 私は立ち上がり、スマホの向こう側に回り込む。【REC】のサインが表示されている画面を操作し、録画を止める。

「まさか、呪いの椅子が引っ掛かるとはな。コイツ等の欲しがりそうなモノを沢山用意したが、一番意外なエサに食いついてくれた。まさに、危険じゃない賭け、だ。一から十までこちらの手のひらの上なんだからな」
 私は顎の下に指を入れ、変装マスクをペリペリと剥いだ。

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