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七禍厄厄

第一話 福呂

「よぉ、フクロウ!久しぶり!」オレは学食の最奥、柱の陰になっているせいで不人気な席として有名な、通称【アナグラVIP】に福呂ふくろを見つけて声をかけた。
「マジかよ……」そう言って、福呂は露骨にげんなりとした表情をオレに見せる。
「おいおい、そんなにイヤそうな顔をしなくてもいいじゃないか。オレは久しぶりに友達に会えて嬉しいってのに」そう言いながら、オレはアナグラV.I.P.ルームにたった一つある四人がけのテーブルの、福呂の対面に天ぷらそばを載せたトレイを置いて座る。
「……、遅い昼飯だな。いや、おやつなのか、それ?」福呂はぶっきらぼうに聞いてきた。
「まぁ、おやつ、かな。小腹空いてたし。ま、朝から何も食ってないけど」オレはそう言って、すぐに蕎麦をすする。福呂は半ばあきらめたような顔をして、読んでいた本をテーブルの上に置いた。【マナーアップ!印象講座】というタイトルが見える。おもしろくなさそうな本だ。

「不摂生は良くないぜ。大体、オマエ、ちゃんと大学に来てるのかよ。ホント、久しぶりに見たぜ、オマエの顔。……、今日だけは見たくなかったけどな」苦々しいといった顔をして、福呂はオレにそう言う。
「ま、フクロウをはじめとした麗しの友情という名のノートのおかげで、なんとか単位は危なげなく取れてるからな。いつもありがとねー! ってか、さっきからなんだよ。オレの顔を見て露骨にイヤな顔したり、今日だけは見たくなかったとかなんとか。……、オレ、オマエに金でも貸してたっけ?」
「バカ言うな、熊谷くまがい。オマエに金を借りるようじゃ、人生終わってる」オレの名を呼ぶ際にじっと目を見ながら、福呂はそう言った。酷い言われようだが、ここのチープな天ぷらそばは変わらず美味い。それに免じて許してやる。
「じゃあ、なんだよ。久しぶりに会った友人に『会いたくなかった』と言ってしまう理由はなんだよ!」オレは福呂に問いただす。もちろん、ノートを貸してくれる貴重な友達だ。語調は極めてやんわりと、低姿勢な雰囲気を纏いながら冗談めかして、だが。

「なながコンプリートなんだよ」福呂はブスっと言い放つ。
「なな?なながコンプリート?なにそれ、どーゆーコト?」
「だからぁ、世間ではラッキーセブンだなんて7を有難がるけどな。7って数字はオレにとっちゃアンラッキーそのものなんだよ」
「はぁ?なんだ、それ。オマエにとって7がアンラッキーってのは、まあともかくとして。オレを見かけて7がコンプリートってどういう意味だよ」
「……、と、とにかく、オマエに会って7がコンプリートなんだよ、チクショウ。大体、ほとんど大学に来ないくせになんで、今日に限って……。しかもアナグラVIPにいるオレをなんで見つけんだよ」
「そりゃ、オマエ、せっかく久しぶりに大学に来たんだ。ノートを貸してくださる神々をなるべく探すのが信心ってもんじゃないか。学食を一通り見渡して『今日は神々はいらっしゃらないか』と思っても、一応、アナグラVIPまで見ておくべきだと思ってさ」
 そう言ったオレに福呂は心底イヤそうな顔をした。

 テーブルの上の福呂のスマホが一瞬震え、福呂はすぐさま反応して手に取るが、一瞥した後に、つまらなそうな顔で再びスマホをテーブルの上に置いた。

第二話 服部

「まあ、いいや。この際だから話してやる。オマエで7がコンプリートってのはだな……。えーっと、何から話せばいいものか」福呂は言い澱む。オレはソバをすする。
「今日の一コマ目、【現代社会と法】に出たらさ、服部センパイに会ったんだ」福呂はオレと知り合うキッカケとなった飲みサークルの創設者であり、創設時からずっと部長の、“終わらないモラトリアム”こと、三度の留年を屁とも思ってない先輩の名前を挙げた。

「あぁ、服部パイセン、元気にしてた?」オレはその名の先輩の顔を思い出そうとしながら、福呂に相槌を打つ。
「元気も元気。あの人、なんであんなにいつも元気なんだろな。うちの大学って、四度目の留年アリだっけ? 今日も留年上等ってな感じで大声で話してたよ」
「ハハっ。そっか。相変わらずなんだな。しかし、留年が許される親の財力が羨ましいよ。オレはまあ、大学に足繁くかよってなんかいないけど、単位取得の情報収集と試験だけはいつも必死だ」
「そうだよなー。先輩の同い年の友達って、たぶん、もう、バリバリに働いてる人ばかりなんだろうに、何の負い目も引け目も持ってなさそうで、いつもなんだか偉そうだ」
「あぁ。なんだろな、あの人。愛されて育ちすぎたのか、自己肯定感が半端ないよな、いつも。……、で、なんだよ。服部パイセンがどうしたって?」ソバを完食したオレは福呂に続きを促す。

「ん。あの人、オレの顔を見るなり『よーぉ、フクロウくん。来月の7日、久しぶりに部活やるから。幹事よろしくー』だってさ」
「部活って、飲み会じゃん」オレは笑う。
「うん。あの人、『うちはテニスサークルの皮を被った飲みサーなんかとは一線を画している純然たる飲みサーなんだ』って、変なプライドを拗らせてるよな」
「そうそう。『ただの飲み会じゃない!飲みサーとしての活動なんだから、部員は常にいい店の新規開拓に勤しむべし!』ってなんだよ。なんなんだよ、そのプライド。それなのに、いつも一番にベロベロに酔って潰れてるし」
「でもさ、あの人に従わないと、めんどくさいからなー」
「あぁ。そうだな。あの人の機嫌を損ねると、ネチネチと絶妙に怒りにくい程度に足を引っ張ってくる」
「そうなんだよ。やり過ごすしかない訳だ」
「大変だな」
「それでな」
「うん」
「そもそものオレのラッキーナンバーは6なんだ。福呂って苗字は6が福っぽいだろ? 7はダメなんだ」
「そういうものか」
「あぁ。でも、服部センパイのめんどくささは、その7日の飲み会に異議を唱えるには、めんどくさ過ぎるんだ」
「あー。ご愁傷様」そう言ってオレはソバの残りの汁を飲む。
「傲慢なんだよな、服部センパイ」福呂は深くため息をついた。

 テーブルの上の福呂のスマホの画面が一瞬オンになる。何かの通知が来たようだ。福呂はまたすぐさま反応し、そしてすぐに興味を失ったようだ。オレに顔を向けて、「傲慢だと思わないか、服部センパイって」と同意を求める。
「傲慢だな。オレもそう思うよ」うんうんとオレは頷く。

第三話 烏丸

「話は前後する事になるんだが」福呂は話を続ける。「昨夜は久しぶりに徹マンだったんだ」と。オレは麻雀をやらないが、大まかなルールくらいは知ってるし、徹夜で麻雀を打つ事を徹マンと呼ぶ事くらいは知っている。
「へぇ。今朝がたまで?」
「あぁ。朝五時に解散だった」
「お疲れ。よくやるなぁ。それで、一コマ目の授業受けてるんだから、スゲエよな」オレは神を労い、心から褒め称える。
「まぁ、麻雀に付き合うのも講義に出るのも学生の本分だからな。オレはめちゃくちゃ真面目に大学生をやってるんだ。オマエと違ってな、熊谷」ノートの神は時折、ちょっとイヤミだ。

「で、どうだったよ?勝ったのか?負けたのか?」オレはイヤミを華麗にスルーして、神のご機嫌を伺う。
「あぁ。熊谷、オマエとは面識あるかな。烏丸からすまるってヤツと打ってたんだけど」
「えーっと……。服部センパイの飲みサーで一度か二度は会ってると思うが……。なんとなく狐っぽい顔立ちの……」オレは記憶の中から顎が細くて、吊り上がった細い目の男の顔を掘り当てる。
「そうそう!ソイツ、ソイツ。あぁ、そうか。烏丸ともあの飲みサーで知り合ったんだっけ。アイツは麻雀仲間って認識で、キッカケが飲みサーだったって事をすっかり忘れてた」
「それで、その烏丸がどうかしたのか?」
「アイツ、読みが的確な上に、打ち筋がいやらしいんだよ」
「烏丸に負けたのか」
「昨夜の徹マン……、っていうか、今朝までの麻雀、オレの調子はイマイチだったんだ。ことごとく選択が裏目に出てしまうというか。それでも最後の半荘で、起死回生の手が入ったんだよ。一晩の負けをチャラにするまではいかないが、大きく挽回できるような手が入った」
「ほぉ」
「そして、『これで勝負だ!』と意気揚々と『リーチ』と宣言して牌を切ったら、烏丸が『ロン!』って……。リーチタンヤオチートイドラドラ赤赤で倍満。一応、オレも警戒して、烏丸の捨て牌から、安パイっぽいのを切ってリーチしたんだぜ? 烏丸の河にはイーソーとスーソーがあったからさ。チーソーを切った訳だ。それで、倍満、やってられないよ」
「あぁ、それに七対子チートイツ……、7だな」オレは福呂の流暢な呪文のような言葉の中から、知っている麻雀の役を聞き取ってそう言った。

「そうなんだ。今日は朝一からオレには呪いの7が付きまとっていたんだ」
「なるほど。フクロウにとって、7は験の悪い数字なんだな」
「それにしても、七対子で回し打ってドラをガメてガメて、そしてスジひっかけでリーチするなんて、強欲だと思わないか?」福呂は本当に憎たらしいといった顔でそう言った。麻雀を趣味としていないオレには福呂の言っている言葉に分からないモノが度々出ているので、完全同意はしにくいが「あぁ、そうだな。烏丸は強欲だ。そう思うよ」と、神のご機嫌をとっておく。

第四話 猿川

「それでな、一コマ目が終わった後で、オレはセブンイレブンに行ったんだ」福呂の話はまだ続くようだ。
「もう、7に自分から寄っていってるじゃないか。何が『7はダメなんだ』だよ!」オレは呆れてそう言う。
「オマエな、セブンイレブンだけをガチに避け続けられる世の中だと思うなよ。セブンイレブンが目の前にあるのに、ローソンやファミマを探そうってなるか?」
「いや、わざわざ外に出なくても、校内にあるだろ?ローソン」オレは志學館一階のローソンを思い浮かべて言った。
「志學館方面にはさ、先を歩く服部センパイの背中があったんだよ!同じ一コマ目を受けて、そのまま服部センパイの横に連れ添って歩くって、なんの罰ゲームだよ。だから、仕方なく、校外のセブンに行ったんだ。そりゃま、オレだって、一応、セブンイレブンはなるべく避けるようにしてるさ」
「そういう中途半端さが、セブンイレブンの7をも呪いの数字にしてるんじゃね?」
「うぐっ」
 どうやら、オレの解析はクリーンヒットしたらしい。福呂は言葉を詰まらせる。

「とにかくだ。西門から出た先にあるあのセブンに行ったらな、猿川さるかわがいたんだよ」
「猿川?」初めて出てきた知らない名に、オレはハテナマークを浮かべる。
「あぁ、そうか。熊谷は猿川と面識がないんだな。えーっと、そうだな……。猿って動物が苗字についているのに、イメージは狼って感じか。髪は長くてザンバラで。常に怒ってる奴さ」
「あー!知ってるかも。面識はないけど、なんか顔が浮かぶかも。この大学の生徒だよな?」オレは頭の中で『アイツが猿川かも』と記憶の中から一人の男を思い浮かべる。図書館や購買部や学生課で怒鳴り散らしている声がすると思って目を向けたら、大抵長いザンバラ髪の男が吼えていた。
「この大学構内で怒鳴り散らしてる男って、十中八九猿川だと思う。面識はなくても、熊谷が校内で怒鳴り散らしてるザンバラ髪の男を思い浮かべているなら、その男はおそらく猿川だろう」そう言って、福呂は深くため息をついた。その表情は苦笑いを湛えてる。

「それで、猿川がどうしたんだ?」オレは続きを促す。
「あぁ。アイツはセブンの店内で、やっぱり怒鳴り散らしてたのさ。憤怒の形相で店員に詰め寄って、『仏の顔も三度と言うが、オマエ、もう、七回目だからな!』って言ってるんだ。オレは遠巻きにそれを見ていたんだが、どうやら猿川の言ったタバコと違うタバコを出されてキレ散らかしてたみたいだ」
「タバコって、レジの向こうに全部番号が振ってあるじゃん。猿川は番号を言わなかったの? そして、そもそも猿川に仏の顔があるの?」
「どうやらそうらしい。『オレはセブンスターの7ミリって言ったじゃねえか。コレは10ミリだろうが!何度間違えたら気が済むんじゃコラ!』とか言ってた。そして、怒りの沸点の低すぎる猿川に仏の顔はたぶん、ない」
「バカなの?」
「バカなんだ。っていうか、それが猿川なんだ」
「店員さんが気の毒だ」
「ホント、全ての店が『猿川出入り禁止』って宣言したらいいんだ。そうでもしなきゃ、不幸がとめどなく連鎖する」
「そうだな。そして、怒涛の様に7が出てきたな」
「そうなんだよ。今日はとにかく7が目白押しにオレに襲い掛かってくる」

 そう言って、福呂はテーブルの上のスマホにチラと目をやり、「ふぅ」と小さくため息をついた。

第五話 八木

「それで、猿川に見つからないようにセブンでパンと缶コーヒーを買って、映研の部室に向かったんだ」福呂はまだまだ話し続ける。オレに会った事で7がコンプリートって謎のアンサーはいつ聞けるんだ?そう思いながらも、久しぶりに会ったノート神の話に耳を傾けようと、オレは問いかける。「映研?」と。
「まぁ、オレも幽霊部員みたいなものなんだが、ほとんど活動実態のないうちの映画研究会の部室は、昼寝するのにちょうどいいんだよ」
「はぁ。そんなものか」オレは中に入った事のない、うちの大学で最も近代化が遅れている部室棟の外観を思い浮かべる。

「今日のオレの二コマ目は空き時間だったからな。ひと眠りしようと行った訳だ。そうしたら、部室の中から何やらアンアン喘ぐ女の声がする」
「午前中からアダルトビデオでも部員が見てたってのか?大した映画研究会だな」
「そう思うよな。オレもそう思ったけど、徹マン明けだし、横になれたら寝れるやと思ってドアを開けたんだ。すると、アダルトビデオどころの話じゃない。リアルに男女が真っ最中だったのさ」
「マジかよ。そんなことある?」
「部室に入って来たオレにビックリして、すぐに逃げるように女は出て行ったがな」
「服は?」
「あぁ、着衣のままのプレイだった」
「あぁ、そう」
「もちろん、それなりにはだけていたけどな。けっこうな巨乳ちゃんだったよ」
「いや、しらんけど!」
「男は堂々としたものだった。ゆっくりとパンツとズボンを履きながら、『やぁ、フクロウちゃん』ときたもんだ」
「知り合いかよ」
「あぁ。八木だった」
「八木かー」八木なら、さもありなんと思ってしまう。服部が部長権限で除籍を命じたほどの、飲みサー食い散らかしイケメンだもの。
「『オマエな、いくらなんでも午前中からこんなトコでってのはどうかと思うよ?』って言ってやったさ」
「言ってやった、という程の事は言ってないぞ?」
「まぁ、でも、流石にそこで、パン食って寝るってのは気持ち悪くてさ。八木とちょっと話をした訳だ」
「うん」
「さっきの子、顔はよく見えなかったけど、彼女なのか?と聞いた」
「そりゃ、彼女だろうよ」
「うん、彼女には違いないみたいだけど」
「だけど?」
「ワンオブゼム。ワンオブ彼女ズ」
「あらー」
「一体何人彼女がいるんだと聞いたら八木は1、2、3と指を折って、『とりあえず、この大学内には三人かな』って言って、さらに、4、5、6、7と指を折って、『さぁ、分かんない』だとよ」
「マジかー。そして、また、7が出てきた」
「そうなんだよ。でも、八木曰く『わかんない』だし、7ではないとも言えるし、八木の事だから、7∞ななインフィニティとも言える。非常に恐ろしい」

「あっ!」福呂の話を聞いていて、遅まきながらオレは気が付いた。「フクロウ、オマエ、7がコンプリートって、あれじゃねーのか?七つの大罪!」
「あ、気付いちゃった? そう。服部センパイが傲慢、烏丸が強欲、猿川が憤怒、八木が色欲、だな」
「やっぱりか! それなら、オレに会って7がコンプリートって事は、オレはなんなんだよ!なんの罪だっつんだよ!」
「そりゃあ、オマエ……。怠惰に決まってるだろ?」
 福呂の言葉にオレは返す言葉がない。

第六話 田部

「怠惰かー。それはしゃーねーなぁ。それで、今日コンプリートしてしまった、七つの大罪のオマエの友人は後何人になる?」自分を怠惰の象徴と言われてなお、オレは話の続きを促した。こうなったら、最後まで聞きたい。

 友人をそれぞれ七つの大罪に当てはめる福呂の感性はどうかと思うし、7をアンラッキーの象徴のように思っている癖に、7にただならないこだわりを持っているようにも見える。7は福呂にとってはアンラッキーナンバーで、一日の内に七つの大罪を象徴する友人全てに会ってしまうととんでもなく験が悪いというジンクスは馬鹿馬鹿しくも面白い。次に出てくるのはどんなヤツだ?

「あと二人、次は田部たべだな。田部虎太郎こたろう。知ってるか?」
「あー、うん。確か、基礎クラスで一緒だったような気がする。とらたろうで、コタローだったよな。虎というより豚みたいなヤツじゃなかったっけ」オレは田部の顔を思い浮かべて言った。
「そうそう。ソイツソイツ。そいつとさ、この食堂で会ったんだよ」
「へぇ。このアナグラVIPで?」
「いや、その時は違うトコに座ってた」
「ふぅん。それで、そうか。田部は暴食、だな?」
「ご明察。って、これは分かりやすいよな。見たまんまだし」
「いや、まあまあ失礼なアレだよ。友人を七つの大罪に当てはめるってのは。オレはまぁ、怠惰そのものだし、いいんだけどよ」ノート神に対しては卑屈であってもいい。ノート神を一人失えば、オレは怠惰な学生生活を送れなくなってしまう。
「いや、分かってる。分かってるから。だから、オマエ、コレ、誰にも言うなよ?」福呂はオレに念を押してくるが、こんな事、言える訳がない。言えたとしても、八木が部室でヤッてたというエピソードをちょっと誰かに漏らすくらいだ。
「あぁ。言わない」

「田部もさ、さっきのオマエと同じようにトレイを両手に持って近づいてきて、オレの正面に座った訳だ。そして、トレイの上にはご飯と八宝菜」
「8じゃん。7じゃないじゃん、8じゃん」
「そして、その横に7UP」
「え、7UPって、あの甘いジュース? 甘い炭酸ジュースと白飯と中華? バカ舌なの?田部って」
「知らねーよ。バカ舌なんじゃねーの?それを見て、オレは『また、7かよ。いい加減にしてくれよ』と思った訳。『でも、八宝菜には8がある。なんか、ギリセーフ』とも思ったんだ」
「なんか、よく分からないけど、そうか」
「ところがだ。田部のヤツ、八宝菜の具材を数えだして、『白菜、イカ、椎茸、タケノコ、にんじん、豚肉、ベビーコーン……、七種類しか入ってない!これじゃ七宝菜ななほうさいじゃねーか』とかなんとか言い出しやがってさ」
「ぶふっ!」オレは思わず噴き出した。そこから出てくるかー、7。

「八木に昼寝の場所を奪われて、食堂に来てみれば、コレだよ。どうせ食堂に来るなら、コンビニなんて行かない方が良かった。食堂でコンビニのパンを食うって意味分からん」不貞腐れた顔で福呂は言う。
 そうだな。コンビニに行かなければ猿川の怒声でイヤな思いもしなかっただろうし、素直に食堂に来ていれば、見たくもない八木の半裸も見ずに済んだだろう。

第七話 七瀬

「残るは……嫉妬、だったか?七つの大罪って」聞いてるこちらもだいぶ疲れて来た。それに、何と言うか、うちの大学、変人が多すぎないか?
「あぁ、最後は嫉妬だ」福呂は言う「誰だと思う?」と。
「知らねーよ。そんなオマエの主観のディスりを当てられるかっつーの」
「最後は七瀬ななせだ」
「あー」福呂の挙げた名を聞いて、オレは納得してしまう。七瀬峰子みねこ、飲みサーでのトラブルメーカーとして、オレは認識している。猫っぽい可愛さを持っている魅力的な女子だ。ただし、黙っていれば、だが。
「それにしても、ド直球で七つの大罪が7を持って来たな。苗字にもう7が入ってるじゃん」オレはからかうように言う。
「いや、名前や苗字はもう、どうしようもないじゃねーか。苗字の7はノーカン、ノーカウントだよ」
「そういうものか?」
「そういうものだ」

「今日の三コマ目の講義は、オレにとって趣味と言うかなんと言うか。モグリで聞いてるというか、自称聴講生的に講義室に紛れこんでるんだけどよ。後ろから美容室のにおいがしてきてさ。後ろを振り返ってみたら、七瀬だよ。パーマ当てたてだったんだろな。化粧も服装もバッチバチにキメてた」
「へぇ」
「なんか、『キャバ嬢?』って思ってしまったよ。うちの大学はオシャレな子も多いけど、アレは違う。大学構内の空気に溶け込む気が無い。めちゃくちゃ浮いてた」
「何しに大学に来てんだかな」
「オレはわざわざ相手をする必要もないと、顔を確認だけして、挨拶するでもなくまた正面に向き直ったのよ。すると背中をつつかれて『ちょっとツラ貸しなさいよ』ってさ。七瀬が、ひそひそ声で、オレに」
「うわぁ。嫌な予感しかしない」
「しょうがないから、トイレにでも行くといったていで、オレは講義室を出たよ。そしたら、すぐに七瀬に捕まって『ねぇ、八木くん、知らない?』ときた」
「あー」七瀬と八木の顔を思い浮かべているオレの口は、意味のある音を発してくれない。

「聞けば、七瀬は今日八木とデートらしい」
「そーかー」
「今日の7時に待ち合わせだそうな」
「もういいよ。もう、おなかいっぱいだよ、7。オレまで7の事がキライになりそうだよ」
「七瀬は別に鈍感で遊ばれている事に気が付いてない訳じゃないらしい」
「そもそも八木は八木で隠そうともしてなさそうだけどな」
「そりゃま、そうか。でも、全てのオンナを蹴散らして、八木を独り占めしたいんだそうな」
「八木との相性、最悪じゃね?」
「だよなー。で、八木に関する事ならなんでもいいからと聞かれたよ」
「部室の事、言ったのか?」
「まさか。八木に義理立てするつもりなんてないけど、アレをそのまま伝えて、燃え上がってしまった七瀬の感情をぶつけられるのなんてまっぴらゴメンだ」
「あぁ。それがいい。言わなくていい」
「そんな七瀬は八木の七人の女の中の一人、七瀬オブセブンガールズ、セブンオブセブンだな、なんて事をオレは思った訳だよ」
「ちょっとなに言ってるかわかんない」
「そんな訳で、七つの大罪が7をもってオレに襲い掛かってきている今日だ。それで、もう、決して熊谷、オマエにだけは遭わないようにしようと、オレはこのアナグラVIPにいたんだ」
「帰れよ。そんなにオレに会うのが怖かったのなら、大学構内なんかに残ってないで家に帰ればいいじゃんよ」
「そうはいかないんだ」
「なぜ?」
「今日は本命の会社からの内定通知が来る日なんだよ」
「だから?」
「家に一人でいるのはイヤじゃん。もし落ちた時には、近くに誰かの息づかいが有って欲しいじゃん」
「はぁ、バカなの?」オレはほとほと呆れて福呂を見る。さっきからスマホをずっと気にしていたのはそういう事か。
「ま、他の奴らは7をオマエに運んで来たようだけど、オレにはないから安心しろ」そう言ってオレは席を立つ。福呂が思わせぶりに振ってきた【7がコンプリート】の謎も解けた。この後は学生課に寄ってから帰るとしよう。「じゃあな。内定出るといいな」そう言ってオレはアナグラVIPを出ようとした。すると、「熊谷!テメエ!」と福呂が殴りかかってきた。
「なんだ、なんだよ、急に」オレはたじたじと福呂に応戦する。
「オマエ!その服はなんだよ!」福呂はオレを指さして言う。
「服って、別に……」そう言いながらオレは洗濯済みの服の中から適当に選んで着てきたグレーのパーカーを見下ろす。そして、ハッと気づく。そう言えばこのパーカーのバックプリントは七福神の絵だ。
「あー、七福神だったか。まるで気が付いてなかったよ。ゴメンゴメン」素直にオレは謝る。
「ゴメンじゃねえよ!ゴメンじゃ!これでもし……」と福呂が言いかけた時に、福呂のスマホがブルブルっと震えた。
 福呂はスマホを手に取り凝視する。
「な、内定、出たのか?や、やったな!」おずおずとオレは福呂に聞く。

「お祈りメール、だった……」
 福呂はそう言って、膝から崩れ落ちた。

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