4-現地の生活
◆買い物
両「首都」の中心部の歴史地区とでも言えるような場所には、大きなバザールがある。新しく建てられた大きなショッピングモールはそこかしこにある。商店街、バザールは大体6時くらいには店じまいが始まるが、モールはもっと遅くまでやっている。オリーブは現地メディアで生産が伝えられることが多いものの、スーパーやバザールで見るのは大抵外国産だ。中国製はおいて、トルコ製、イラン製が大体あらゆる輸入品の大半を占めている。クルディスタンのメディア・ネットで、蜂蜜やオリーブの生産が盛んになっていることが伝えられたのを見たことがあり、期待してそれら商品の製造元を見ると、前者はイラン産、後者はトルコ産であることが多かった。巣付き蜂蜜の蜂蜜はほぼ確実にイラン産である。デーツは、インド・パキスタンや中東と同じく、イラン産が市場を席巻している。商品の製造元が詳しく記してあるものを見ると、トルコやイランのクルディスタン地域を確認できることもある。一応輸入品ではあるが、同じクルディスタンで、同胞によって生産された商品が流通しているとも言える。かの有名なアレッポ石鹸は、バザール、ショッピングモールを問わずどこでも見かける。パッケージングされているものに、アフリンと書いてあるを見かけた。ロジャバを通って入ってきたのか定かではないが、もしそれが経済封鎖の中外貨を稼ぐ一助になっていれば、個人的には喜ばしい。露店で量り売りされる野菜果物、保存がきかないお菓子、切り売りするチーズ他乳製品はクルディスタンで作られているのかもしれない。全体的に、旅行者向けの買い物環境整備がされていない。土産物屋はほぼなく、それらしいのはマチコ・カフェのそばの店くらい。クルド関係のプリントTシャツの購入を楽しみにしていたが、ほんの少ししかなかった。一般人も買うクルディスタンや政治団体の旗は、各所で売られていた。
◆食事
クルド人の主食はナン、それをビリンジ(炊き込みご飯)、ムリーシュ(チキンスープ)、ファースリヤー(トマト豆煮込み)、タプシー(野菜煮込み)等々と一緒に食べる。これらがひと揃いで、大体300円から400円だ。
クルド人と食事を共にすると、パシュトゥーン人の食べ方である、ご飯をナンで掴んで口に運ぶのをよく見る。勿論そのままご飯に煮込み料理をかけて、そのままスプーンですくって食べるのも一般的である。街中そこらにナン焼き屋があり、一般人はもちろん窯が無いレストランも買いに来る。
中東で必ず見るサンドイッチは、こちらでもポピュラーな軽食である。アラブ諸国では、フブズというポケットがあるパンの中に具を詰める。こちらではナンが多用され、ロール状のサンドイッチになる。日本でドネルケバブとして親しまれるシュワルマも広く食されている。豆コロッケが具の場合は50円、肉が具なら100〜150円が相場だ。エジプトとヨルダンについては、豆コロッケがヨルダンではファラフェルなのに対しエジプトではターメイヤ、といった違いがある。アラブ料理という基盤を共有しているように感じる。クルド料理はクルド料理としてしっかりあるように感じた。イラン料理で有名なゴルメは、名前そのまま食堂で提供されていた。居候させてもらったイラン人によれば、ロジヘラート(イラン側クルディスタン)も似たような物を食べている。ただ、イラク側のほうが味が濃いらしい。パンの耳が嫌い人は日本でも多いが、クルド人も同じで食事後のテーブルにはナンの切れ端が大量に転がっている。イラクには有名な魚料理マスグーフがある。クルディスタンでも魚は広く食べられている。魚屋、生け簀、焼き魚はそこらで見かける。
チャイハネに多く人があつまるのはアラブ諸国と同様で、水タバコを吸っていたり、ナルド(バックギャモン)に興じていたりする。旅行者にとっては、出先で手軽に見つかり安く使えるWi-Fiスポットでもある。お菓子は、中東諸国共通のヴァクラワ、クナーファ、チュロスやジャムーンの類は、クルディスタンでもポピュラーである。大体のお菓子が、中東諸国特有の砂糖を多量に用い、ナッツ類を使ったものである。他の中東諸国で見たことのないお菓子も多い。
グミのようなものでクルミを包んだ細長く金太郎飴みたいに切って食べる「セジューク」、切り餅みたいな形状の飴「ジャシキ」はよく見た。
◆飲酒
最近バグダッドは禁酒令を発し多くの酒屋が店じまいをしたものの、クルディスタンでは多くの酒屋、バーが営業を続けている。エジプトやヨルダンで見た飲酒のタブーがないクリスチャンが酒屋を営むという、習慣はないように思われる。ヨルダンやインドでポピュラーな、入り口が狭く開いているのか開いていないのかわからにくく、店主と商品は鉄格子の中にいる、といったアングラな雰囲気はない。大ぴらに「シーバスリーガル」や「エフェス」が写った看板をデカデカと掲げ堂々と商売している。
万人が訪れるショッピングモールやスーパーには酒コーナーはないし、バザールの露店で酒を売っているのも見かけない。そういう意味で、日本その他と異なり隔離はある。酒もまた、前述の一般日用品と同じく輸入物だ。酒屋を見かける度に、中へ入り地元のワインやアラックの有無を聞いたものの、遂に出会うことはできなかった。エジプトでは600mlほどのアラックが300円ほどで買える。こちらは輸入品なのでそうはいかない。多くの人に聞く限りでクルディスタン地域に酒造業は存在しないようだ。かつてクリスチャンが酒造業を営んでいたが、今は消滅したらしい。飲酒を楽しめる所に地酒無しという皮肉な状況がある。
◆宗教
クルディスタンはムスリムが多数派を占めるものの、一般的にマイノリティが安心して暮らすことができ、宗教には厳格でないとされる。中東、ムスリム地域ではおなじみのアザーンは、クリスチャン地域や新興地区以外ではどこでも聞こえる。礼拝の時間になれば、多くの人がマスジドに入っていく。スレイマニは宗教の相対化はかなり進んでいるが、ヘウレルは未だ宗教的な人が多いことは言えそうだ。ニカブを着る女性は普通に街を歩いていて見かけることはほとんどないが、多くの人が集まるバザールでは一人二人見かけることはある。アラブ諸国では、街を歩いていれば結構な頻度で、路上にゴザやダンボールを敷いて礼拝している人を見る。クルディスタンにおいては、そのような人を見ることは殆ど無い。かといって、路上礼拝をする必要がないくらい、マスジドがそこら中にあるわけではない。立派なあごひげを蓄えた男性もほとんどいない。脱イスラムが進んでいるとは断定できないが、相対化が他のムスリム地域より進んでいるのは間違いない。他地域と比較して驚くべきことは、ムスリムであることを否定する人、「イスラムフォビア」を堂々と口にする人と頻繁に会うことだ。ムスリム地域を旅して感じるのは、ムスリム住民の宗教への誇りと、イスラムの良さを滔々と外国人である旅行者に説き改宗を進める人の多さである。これは、イスラム回帰が進む以前の世俗主義トルコでさえよく聞く話であった。宗教の話を好まない人は会えど、普通に旅行をしていてイスラム批判をする人に出会うのは至難の業である。その理由として思いつくことに、ダーイシュの登場がある。ダーイシュがシェンガルを占領し同胞を奴隷として扱ったことは、多くの人に民族意識の高揚と反イスラム感情に火をつけた。日本で散見される薄っぺらいイスラムの解説において、イスラムはそれを生み出したアラブ人とそれ以外の民族は平等だと説明される。実際には、アラブ人以外の民族は征服によって受け入れたので、マワーリー(被征服者)の中にはイスラムに対して複雑な感情を抱いている人は少なくない。イスラムを棄教するクルド人はアラブ人の精神的束縛を捨てたいという理由がある。クルディスタン各地には潜入テロリストが多数入り込んでおり、当局の油断に乗じて爆弾テロや最近のキルクーク襲撃に見られる治安撹乱行動を起こす。2017年に入ってからは、大きなテロ攻撃は聞かないものの、未遂のニュースを聞くことはある。家族から受け継ぐパーソナリティの一つである「ムスリム」はともかく、イスラム主義=テロという図式は先進国の我々と共有しているのではないだろうか。クルディスタンには、クルディスタン・イスラム連合(KIU)とクルディスタン・イスラム集団(KIG)の、二大イスラム政党がある。どちらも議会では弱小勢力で、最近統合の話が何度も持ち上がった。クルド人に広まる世俗化、「イスラムフォビア」に有効なカウンターができるとは思えない。彼らの党勢は今後も低空飛行を続けるだろう。
◆現金調達
旅行中最も困ったことは、ATMから現金を下ろすことができないことだった。クルディスタンは、慢性的な財政金融危機状態にあり、公務員、兵士への給料遅配は頻繁である。それゆえ銀行があまり機能しておらず、取扱表示されてるカードを使っても、現金を引き出すことができなかった。住民は、市中ではイラク・ディナールを用い、決済には米ドルを使用している。しっかりした店をもつ両替商だけじゃなく、路上にドルとディナール札を入れたショーケースだけを置いた両替屋は、そこら中にいる。銀行が物凄い手数料を取るのも問題だ。結局引き出せなかったとは言え、ATMで1,000円を引き出すのに350円の手数料が表示された。また領事の話では、イラクの銀行は、送金の際振込と引出し両方に手数料をかけるとのことだった。しかもそれが、合わせて50$にもなり、振込金額に関わらず課せられる。これでは、市中銀行が利用されないのも無理はないと言っていた。不透明な財政と並んで金融制度の不整備は、経済発展の足かせになってるのを実感した。
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