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短編連載小説 長い夜8


家の前の三角の土地に夏野菜が植えられていた。
紫の茄子、真っ赤なトマト、そして黄色い瓜、緑のキュウリ。
玄関横の庭に物干し竿があった。幼児用の小さな布団が干されいる
時間が止まったように静かだ。蝉の鳴き声も止んだ。
人の姿は見えなかった。

一気に駆け上がった。母の家の二軒上には寺だった。
寺の鐘を2人で、一度づつ鳴らしてみた。
当たりの木々から蝉が一斉に飛び立った。
蝉はいたけれど、暑すぎて鳴けなかったのだ。
鐘撞き堂から下を見ると、川まで小さな棚田が続いていた。

その時だ。小さい子を背負った女の人が玄関から出てきて
布団たたきで、干してあった布団を何度か叩いた。
裏返してもう一度叩こうとしたとき、
玄関から6歳くらいの男の子が走り出し、自分にさせろとせがんだ。
聡はその光景に釘付けになった。

その人は、色白でふっくらしていた。
しかし、それが本当に自分晃のと母親なのだろうか。
それさえ分からない自分がもどかしかった。

腰のあたりにまとわりつく幼子に布団たたきを持たせ、
その上から自分の手を添え、裏返した布団を何度かパンパンと叩く。
そのあとその男の子に布団たたきを渡し、
自分は布団を持って、家の中に消えていった。
背中で眠ってしまった幼子をあの布団に寝かせるのだろう。

その様子を護も隣で黙って見つめていた。
聡はなるだけ明るく言葉を発した
「護。そろそろ帰ろうか。
ばあちゃんが、心配したらいかんけんな」
棚田の方向に目線を移した。
「うん、さとしちゃん、もう帰ろうや」
「なあ、護。やっぱり俺には母ちゃんはおらんのや。
ここまで来たことは一生2人だけの秘密やぞ」
「うん、わかった。ごめんな聡ちゃん」
「お前が謝ることじゃないけん、気にするな」
寺の坂道を勢いよく下り、護のばあちゃんに挨拶して帰路に就いた。

帰りは、下り坂が多く、スピードに乗った。
ときおり大きなデコボコがあり、バランスを崩しそうになりながらも
2人は暗くなる前に、それぞれの家にたどり着いた。

自転車旅行から2週間後、祖父が山仕事の途中で倒れ入院した。
脳の血管が詰まり、時間がかかりそうだ。
治るかどうかも分からない。
病院の用は運転できる叔母に任せ
祖母は首からタオルをかけ
まるでものに憑かれたように、朝早くから夜までミシンを踏んだ。
夏休みが終わるころ
「お前が今日からこの家の主人だ」
と言われ、そうなのだと覚悟した。
聡は他の人より少し早かったが、この夏大人にならざるを得なかった。


見出し絵は引き続きみもざさんのイラストです
どうもありがとうございます

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